やと云うことだす」
「ほう、それはあの家の主人ですか」
「そうだっしゃろな。なんでも元は由緒あるドクトルかなんかやったということだす」
「外に同居人はいないのですか、お手伝いさんとか」
「そんなものは一人も居らへんということだす。尤《もっと》も出入の米屋さんとか酒屋さんとかがおますけれど、家の中のことは、とんと分らへんと云うとります」
「そのドクトルとかいう人物とは顔を合わさないのですか」
「そらもう合わすどころやあれへん。まず注文はすべて電話でしますのや。商人は品物をもっていって、裏口の外から開く押入《おしいれ》のようなところに置いてくるだけや云うてました。するとそこに代金が現金で置いてありますのや。それを黙って拾うてくるんやと、こないな話だすな。そやさかい向うの家の仁《じん》に顔を合わさしまへん」
「ずいぶん変った家ですね。――とにかくこれから一つ行ってみましょう」
 そういっているところへ、電話のベルがけたたましく鳴りだした。消防手は素早《すばや》く塔上の小室に飛びこんで、しきりに大声で答えていた。それは同じくこの臭気に関するもののようであった。それは消防手が再び帆村の前に現われ
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