揮がとれるようになっとります」
「ウム、完全完全の看板|流行《ばやり》だわい」
「え、何でございます」
「いや、革の袋からも水が漏るというてネ、油断はできないよ。――主人公の居るところは何処かネ」
「ああ、それはこちらだす。どうぞ、こちらへ――」
正木署長は、検事を廊下づたいに玉屋総一郎の書斎の前に連れていった。そこの扉の前には、鬼を欺《あざむ》くような強力《ごうりき》の警官が三人も立っていた。
検事は扉《ドア》の方によって、ハンドルを握って廻してみた。
「ああ、あきまへん」と警官の一人がいった。「御主人が中に入って、自分で鍵をかけていてだんネ」
「中から鍵を――すると警官も中へは入れないのかネ」
「警官まで、蠅男の一味やないか思うとるようですなア」
「ちょっと会ってみたいが――」
「そんなら、扉を叩いてみまっさ」
警官が、なんだか合図らしい叩き様で、扉をドンドンドン、ドンドンと叩いた。そして主人の名を大声で呼んでいると、やがて扉の向うで微かながら、これに応える総一郎の喚《わめ》き声《ごえ》があった。
「――さっき断っときましたやろ。もう叩いたりせんといておくれやす。そのたんびに心臓がワクワクして、蠅男にやられるよりも前に心臓麻痺になりますがな」
主人公は、心細いことを云って、脅えきっていた。正木署長は検事に発声をうながしたが、村松はかぶりを振ってもうその用のないことを示した。で、署長が代って、
「――私は署長の正木だすがなア、なにも変ったことはあらしまへんか」
すると中からは、総一郎の元気な声で、
「ああ署長さんでっか。えろう失礼しましたな。今のところ、何も変りはあらしまへん。しかし署長さん。殺人予告の二十四時間目というと午後十二時やさかい、もうあと三十分ほどだすなア」
「そう――ちょっと待ちなはれ。ウム、今は十一時三十五分やから――ええ御主人、もうあと二十五分の辛抱だす」
「あと二十五分でも、危いさかい、すぐには警戒を解いて貰うたらあきまへんぜ。私もこの室から、朝まで出てゆかんつもりや、よろしまっしゃろな」
「承知しました。――すると朝まで、御主人はどうしてはります」
「十二時すぎたら、此処に用意してあるベッドにもぐりこんで朝方まで睡りますわ」
「さよか。そんならお大事に、なにかあったら、すぐあの信号の紐を引張るのだっせ」
「わかってます。――そんなら
前へ
次へ
全127ページ中34ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング