ヤニヤしながらカオルの様子を眺めていた。部下の一人が近づいてソッと署長に耳うちをしていった。村松検事が間もなく到着するという電話があったことを返事したのであった。
「――娘さん。鴨下ドクトルから、二、三日うちに当地へ来いという手紙が来たという話やが、それは何日の日附《ひづけ》やったか、覚えているか」
「覚えていますとも。それは十一月二十九日の日附です」
「へえ、二十九日か」署長は首をかしげ「そらおかしい。ドクトルは三十日に、当分旅行をするという札を玄関にかけて、この邸を留守にしたんや。旅行の前日の手紙で、二、三日うちに大阪へ来いといって置いて、その翌日に旅行に出るちゅうのは、怪《け》ったいなことやないか。そんな手紙貰うたなどと、お前はさっきから嘘をついているのやろう」
「まあひどい方。わたしが嘘を云ったなどと――」
「そんなら、なんで手紙を持って来なんだんや。この邸へ入りこもうと思うて、警官に見つかり、ドクトルの娘でございますなどと嘘をついて本官等をたぶらかそうと思うたのやろが、どうや、図星《すぼし》やろ、恐れいったか。――」
 女は身を慄《ふる》わせて、署長に打ってかかろうとした。青年上原は慌《あわ》ててそれを止め、
「――警官たちも、取調べるのが役目なんだろうが、もっと素直に物を云ったらどうです」
「なにをッ――」
 そういっているところに、村松検事の到着が表から知らされた。
 正木署長は席を立って、検事を玄関に迎えに出た。一伍一什《いちぶしじゅう》を報告したあとで、
「――どうも怪しい女ですなア。あの変り者の鴨下ドクトルに娘があるというのも、ちと妙な話ですし、それに娘のところへ二、三日うちに出てこい云うて、二十九日附で手紙を出しておきながら、翌三十日から旅行するちゅうて出かけ、そして今日になってもドクトルは帰ってきよらしまへん。ドクトルが娘に手紙出したちゅうのは、ありゃ嘘ですな」
 と、自信あり気《げ》な口調で、検事に説明をした。検事はそうかそうかと肯《うなず》いた。
 二階に設けた仮調室に現われた検事は、カオルと名のる女をさしまねき、
「貴女は鴨下ドクトルの娘さんだそうだが、たびたびこの家へ来るのかネ」
 と尋ねた。
 カオルは、新しく現われた調べ手に、やや顔を硬ばらせながら、
「いいえ、物心ついて、今夜が初めてなんですのよ」
「ふうむ。それは又どういうわけ
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