し、そのうちにどこかに行ってしまったことを話した。大川主任は、なるほど、ほうほう、さよかいなを連発しながら、帆村の機智によるこの蠅男追跡談にいとも熱心に耳を傾けた。
丁度そのとき、部長の連れてきた一人の警官が、部屋に入ってきた。
「部長さん、あの娘がどうやら目が覚めたらしゅうおまっせ」
その警官は、蠅男の手によってこのホテルの帆村の借りている部屋に寝かされていた故玉屋総一郎の一人娘糸子を保護していたのだった。糸子は睡眠薬らしいものを盛られて、トランクのなかからズッと睡りつづけていたのだが、今やっと覚めたものらしい。
帆村はそれを聞くと、すぐに糸子のところへ駈けつけた。
「どうしました、糸子さん」
糸子はベッドに寝たまま、乱れた髪をすんなりとした指さきでかきあげていたが、思いがけない帆村の姿をみてハッとしたらしく、みるみる頬を真赤に染めて、
「まあ帆村さん、うち[#「うち」に傍点]どないして、こんなところへ来ましたんやろ。ここ、どこですの」
と、床の上に起きあがろうとしたが、呀《あ》っと小さい声をたてて、また床の上にたおれた。
「――目がまわって、かなわん」
帆村はつとよって、糸子の腕をとり、そして脈を見た。脈はすこし早かった。
心臓がよわっているようだ。
「糸子さん、静かにしていらっしゃい。こんどはもう大丈夫、十分信頼していい警官の方が保護して下さっていますから、何も考えないで、今夜はここで泊っていらっしゃい。ばあやさんか誰か呼んであげましょうか」
「そんなら、家へ電話かけてお松をよんで頂戴」
「医者も呼んであげましょう」
「いいえ、お医者はんはもう結構だす。すぐなおりますさかい、お医者さんはいりまへん。池谷さんにも、うちのこと知らせたらあきまへんし」
糸子はひどく医者を恐怖していた。もちろん池谷医師に対する不信のせいであろうと思われるが。
帆村と大川主任とは、糸子をいろいろと慰めてから、その部屋を出た。そして廊下に出て、たがいに顔を見合わせた。
「糸子はんのことは、首にかけて引受けまっさ。どうぞ安心しとくなはれ」
と大川主任は強く自信ありげな言葉でいった。
「じゃ、貴官にくれぐれもお頼みしますよ」
そういって帆村は、主任の手をギュッと握った。部長は帆村の心の中の秘めごとも知らず、ただ感激して帆村の手を強く握りかえした。
蠅男|包囲陣
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