いない。丸顔の背のすらりとした美人であった。年齢のころは、見たところ二十四か五といったところだったが、たいへん仇《あだ》っぽいところから、或いはもっと年増なのかも知れない。
その怪しの美人お竜は、池谷医師と連れだって、新温泉の娯楽室のなかで一銭活動写真のフィルム「人造犬」の一巻を購《あがな》い、それからまた肩をならべて林の向うの池谷邸に入っていったのである。それっきり、二人の姿は邸内にも発見されなかった。一体二人はどこへ行ったのだろう。
ところがひとりお竜だけは、電話の声に過ぎないとはいえ、再び帆村の前に現われたのである。しかも蠅男の連れとして彼の前に関係を明らかにしたのである。一方、池谷医師はどうしたであろうか。いまごろは彼の別邸か医院に姿を現わしているであろうか。
池谷医師は、あのお竜とどういう関係なのであろう。お竜があの恐ろしい蠅男の一味だということを知っているのであろうか。もし知っていれば、あんな女と肩を並べて歩くはずがない。考えてゆくと全く不思議な謎であった。
とにかく池谷医師の所在を、もう一度丁寧に調べる必要がある。大川司法主任と相談して調べることにしよう。そういえば、大川は下へ下りていったきり、なかなか帰ってこないが、なにをしているのであろう。
帆村が不審を起しているところへ、当の大川主任は佩剣《はいけん》を握ってトントンと飛びこんできた。
「大川さん。どうです、分った?」
「分った。――」
主任は、苦しそうに喘《あえ》ぎ喘《あえ》ぎ応えた。
「どう分ったんです?」
「天王寺《てんのうじ》の新世界のわきだす」
「え、新世界のそば?」
「はア、そや。天王寺公園南口の停留場の前に、一つ公衆電話がおまんね。その中に、蠅男が入りよったんや。あんさんの命令どおり、すぐ電話局へかけてみて、あんさんの話し相手が今どこから電話をかけているか調べてもろうてな、それから直ぐ署の方へ連絡しましたんや。蠅男が今これこれのところから電話を懸けているねン、はよ手配たのみまっせいうたら、署長さんが愕《おどろ》いてしもうて、へえ蠅男いう奴はやっぱり人間の声だして話しているかと問いかえしよるんや。――しかしすぐ手配するいうとりました」
帆村はうちうなずいて、主任に今しがた電話を通じて警官隊が現場に到着したらしい騒ぎを耳にしたことや、蠅男が女を連れていて、機関銃をもって抵抗
前へ
次へ
全127ページ中79ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング