んやろ、奇人ドクトルは……」
そのとき帆村は横合《よこあい》から声をかけた。
「おおこれは帆村はんだすな。まだ御泊《おとま》りでしたか。えらいところをごらんに入れますわ、ハッハッハッ」
検事の村松氏に案内されていったとき、知合いになった住吉署の大川巡査部長であった。帆村は邪魔にならぬように、傍《そば》についていた。
裏口に廻った部下の一人が帰ってきて、二階の西側の鎧窓《よろいまど》に鍵のかかっていないところがあって、そこから中へ這入れると報告をした。大川は悦《よろこ》んで、
「よし、そこから這入《はい》れ、三人外に残して、残り皆で這入るんや。俺も這入ったる」
巡査部長は、佩剣《はいけん》を左手で握って、裏口へ飛びこんでいった。帆村もそのまま一行の後に続いていった。
樋を伝わって、屋根にのぼり、グルリと壁づたいに廻ってゆくと、なるほど四尺ほど上に鎧戸の入った窓がポッカリ明いていて、そこから一人の警官がヒョイと顔を出した。
「中は、ひっそり閑《かん》としてまっせ」
「そうか。――油断はでけへんぞ。カーテンの蔭かどこかに隠れていて、ばアというつもりかもしれへん。さあ皆入った。さしあたり煙突に続いている台所とかストーブとかいう見当《けんとう》を確かめてみい」
勇敢なる巡査部長は、先頭に立って、腐《くさ》りかかった鎧戸を押して、薄暗い内部にとび下りた。一行は、最初の警官を窓のところに張り番に残して、ソロソロと前進を開始した。
帆村も丹前の端《はし》を高々と端折《はしょ》って、腕まくりをし、一行の後からついていった。
たいへん曲りくねって階段や廊下がつづいていた。外から見るような簡単な構造ではない。大小いくつかの部屋があるが、悉《ことごと》く洋間になっていて、日本間らしいものは見当らなかった。
家の中に入ると、不思議とあの変な臭気は薄れた。そしてそれに代って、ひどく鼻をつくのが消毒剤のクレゾール石鹸液の芳香《ほうこう》だった。
「ここ病院の古手《ふるて》と違うか」
「あほぬかせ。ここの大将が、なんでも洋行を永くしていた医者や云う話や」
「ああそうかそうか。それで鴨下ドクトルちゅうのやな。こんなところに診察室を作っておいて、誰を診《み》るのやろ」
「コラ、ちと静かにせんか」
巡査部長の一喝《いっかつ》で、若い警官たちはグッと唇を噤《つぐ》んだ。
いくら跫音《
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