もうすこしで解けるのだが……。これを見給え」
帆村は次のような紙片を私に見せた。
[#ここから3字下げ、19字詰め、罫囲み]
ム[#「ム」に丸傍点]サオオニサ」マ[#「マ」に丸傍点]ワイ」ム[#「ム」に丸傍点]サワトソネノタシ」マ[#「マ」に丸傍点]ダノイナイ」ム[#「ム」に丸傍点]ダマオオソ」マ[#「マ」に丸傍点]ラア」
[#ここで字下げ終わり]
「これは例の文句を逆さに書いたのだよ。そして、或る間隔をとって、ム[#「ム」に丸傍点]とマ[#「マ」に丸傍点]とが入れ違いになっているところに注意してみたまえ。答はこれしかないと思うのだ、ム[#「ム」に丸傍点]とマ[#「マ」に丸傍点]のところで金庫のダイヤルの廻転方向を右と左とに変えるのだ。だからム[#「ム」に丸傍点]とマ[#「マ」に丸傍点]とが、丁度頃合いの間隔を保って互に入れ違いになっているのだ」
「ほほう」私は帆村の熱心さに駭かされた。
「だが忌々《いまいま》しい畜生! ここまで判っているのに、実際やってみると、巨人金庫はびくりとも動かないのだ」と帆村は唇を噛んで「全くこれ以上の答はないと思う。それだのに開かないとは、ああ、どこが間違っているのだろう」
帆村は紙を抛《ほう》りだして、頭髪をかき※[#「てへん+毟」、第4水準2−78−12]《むし》った。
「ねえ、君」と私は恐る恐る声をかけた。「そのマダムが何とかしたという文句もいいが、例の『獏鸚』の方はどうしたのかネ」
「うん『獏鸚』か。あれならもう判っている……」
「ナニ『獏鸚』が判ったって、そいつは素敵だ。早く話したまえ」
私は飛び上らんばかりに悦んだ。怪物「獏鸚」とは、そも何者ぞ!
「だが、玲子の台辞が解けない前には云えないのだ。間違っているかも知れんからね」
「連絡があるのなら、いいじゃないか。早く云って訊かせ給え」
「連絡? それはあるさ」と帆村は遠くの方を眺めるような眼眸《まなざし》をして、「まず『獏』は夢を喰いさ、それから『鸚』の方は……」
そのとき帆村の顔面に、痙攣のようなものがつつーっと走ったのを認めた。彼は急に手の指をわなわな慄わせて口へ持ってゆきながら、頓狂に叫んだ……。
「僕は莫迦だった。ど、どうして其処に気がつかなかったろう!」
「其処とは、どこだ」と私は慌てて、ついそんな愚しいことを訊きかえさずにいられなかった。
「うん、いまに判る。さあ、これを見ていたまえ」
帆村の顔は流石に朱のように紅潮した。彼は鉛筆をとりあげると、白紙をひきよせた。
「アラマソオオ、マダムイナイノ、ダマシタノネ、ソトハサムイワ、マサニ、オオサム……」
と一度例の文句を片仮名で書いた。
それから別の紙をとりあげて、また鉛筆を走らせたが、意外にもそれは日本式のローマ字だった。
[#ここから3字下げ、16字詰め、罫囲み]
ARAMASOO−MADAMUINAINO−DAMASITANO
NESOTOWASAMUIWA−MASANI−00SAMU
[#ここで字下げ終わり]
「さあ、いいかネ。これを逆に綴ってみるよ」
[#ここから3字下げ、16字詰め、罫囲み]
UMA[#「UMA」に傍線]SOOINASAMA[#「SAMA」に傍線]WI UMA[#「UMA」に傍線]SAWOTOSENONATI
SAMA[#「SAMA」に傍線]DONIANIUMA[#「UMA」に傍線] DAMOOSAMA[#「SAMA」に傍線]RA
[#ここで字下げ終わり]
「さあ出て来たぞ。傍線をしたなかでUMAというのは『右廻し』ということ、SAMAというのは『左廻し』ということだ。そのつもりで、これを日本文字に直してみよう」
[#ここから3字下げ、12字詰め、罫囲み]
右廻し――ソオイナ
左廻し――イ
右廻し――サヲトセノナチ
左廻し――ドニアニ
右廻し――ダモオ
左廻し――ラ
[#ここで字下げ終わり]
「どうだい! 判ったじゃないか。これがあの巨人金庫の鍵なんだ!」
私は唖然《あぜん》として、この解読暗号を見つめた。なぜこれで解けたというのか判らない。しかし帆村は歓喜極まって室内を躍るかのように走りながら、外套だの帽子だのを集めた。
「さあ行こうぜ。早いところ、巨人金庫の腹の中を拝見しなけりゃならない!」
私たちは、大急ぎで外へ出た。
(どうしてあれで解読されたのかい)と私は不審な点を訊ねた。しかし帆村は(金庫が開くまでは云えないよ)と頑張った。その代り別の質問をして、私の興味をあおった。
「おい君、あの巨人金庫の中に、何が入ってると思うかね」
「そりゃ判っているよ。もちろん江東のアイス王の一億何がしという目も眩《くら》むような財宝だろう」
「目も眩むような財宝? そんなものはもう入ってないさ。江戸昌が暁団を総動員して、すっかり持っていったよ」
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