、オオバタン、モモイロインコである。おのおの形態を比較するに、まずセキセイインコについて云えば、頭及び翕《つばさ》は黄色で……」
「わ、判ったよ。君の動物学についての造詣《ぞうけい》は百二十点と認める――」
 私は耳を抑えて立ち上った。私には鸚鵡の種類などを暗記する趣味はない。
「なアに、まだ三十五点くらいしか喋りはしないのに……」
「もう沢山だ。……しかし動物学の造詣で探偵学の試験は通らない。獏といえば夢を喰うことと鸚鵡といえば人語を真似ることだけ知っていれば、充分だよ」
「そうだ、君の云うとおりだ」と帆村は手を敲《う》った。「そんなわけで、だいぶん僕もくしゃくしゃしているところだから、そうだ君のお誘いに敬意を表して、トーキーの撮影を観に連れていって貰おう」
「大いに、よろしい」
 私は悦《よろこ》んで立ち上った。獏鸚に悩むよりは綺麗な女優の顔を見て悩む方がどのくらい楽しいかしれやしないと思った。しかし帆村をトーキー撮影所に誘ったばかりに、生命からがらの大事件に巻きこまれようなどとは神ならぬ身の知るよしもなかったのである。


     3


 桜の名所の玉川べりも、花はすっかり散って、葉桜が涼しい蔭を堤の上に落していた。そうだ、きょうからもう五月に入ったのだ。
 帆村を案内しようという東京キネマの撮影所は、ちかごろトーキー用の防音大スタディオを建設したが、それが堤の上からよく見えた。
 門を入ると、馴染《なじみ》の門衛が、俄《にわ》かに笑顔を作りながら出て来た。
「お連れさんは?」
「これは俺の大の親友だ。帆村という……」
「よろしゅうございます。……ところで貴方に御注意しときますがな、どうも余り深入りするとよくありませんぜ」
 と門衛は改まった顔で意味深長なことをいった。
「なんだい、深入りなんて?」
「……」彼はこれでも判らないかというような顔をしたのち「あれですよ、三原玲子さんのことです。貴方の御贔屓《ごひいき》の……」
「これこれ」
 私は帆村の方をちらと見たが、彼はスタディオの巨大なる建物に見惚《みと》れているようであった。
「三原玲子がどうかしたかい」
「この間、刑事がここへずかずかと入ってきましてね。あの娘を裸にして調べていったのですよ」
「そりゃ越権だナ。裸にするなんて……」
「尤も是非署へ引張ってゆくといったんですが、所長が今離せないからと頼みこんだのです。その代り、桐花カスミさんなどの女連が立ち合って裸の検査ですよ」
「ど、何うしたというんだ」
「よくは判りませんが、何か探すものがあったらしいのですよ。でも、まア三原さんの体からは発見されないで済んだようですが外に二人ほど男優とライト係とが拘引《こういん》されちまって、まだ帰ってこないのです。とにかくあっし[#「あっし」に傍点]は三原玲子さんばかりはお止しなさいと云いますよ」
「変なことを[#「変なことを」は底本では「辺なことを」]云うなよ、はっはっはっ」
 私は帆村の待っている方へ行って、彼を撮影場の方へ誘った。
「いまの三原レイ子とかいうのは、何うしたのだ」帆村はもうちゃんと聞いていた。
 私はすっかり照《て》れてしまった。が、隠してももう隠しきれないと思ったので、彼に一と通り説明をした――三原玲子というのは、この東キネの幹部女優桐花カスミの弟子に当る新進のインテリ女優だった、彼女は私と一緒にL大学の理科の聴講生だったことがあって、それで旧知の仲だった。その玲子はあまり美人とは云えない方で、スクリーンに出ることはまず稀で、もっぱら桐花カスミの身の周りの世話をして重宝がられていた。蒼蠅《うるさ》い世間は、玲子の殊遇《しゅぐう》が桐花カスミとの同性愛によるものだろうと、噂していたが、それは嘘に違いない。……私の知っていることはそれだけだというと、帆村はひとの顔を穴の明くほど見詰めて、やがてにやりと嗤《わら》った……。
 厳重ないくつかの関所を通って、私達は漸くトーキースタディオに入ることができた。中へ入ると、一切の騒音は、厚いフェルトの壁に吸いとられて、耳ががあんとなったような感じがした。声を出してみると、ばさばさという音しか出ず、変な工合だった。ホールの真中には、銀座の四つ角のセットが立っていて、その前で現代劇の撮影が始まっていた。大勢の男女優が、いろいろの服装をして、シャツ一枚の撮影監督の指揮に従って、あっちへ行ったり、こっちへ来たりしていた。――虫籠のようなマイクロホンが、まるで深淵《しんえん》に釣を垂れているように、あっちに一つ、こっちに一つとぶら下っている。
「見給え、あれが桐花カスミだ」
 と私は帆村に主役の女優を教えた。
 帆村は一向気がないような顔をして、トーキー撮影場の天井ばかり見上げていた。
「それからついでに紹介するが、あすこでル
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