慮《ぶえんりょ》に笑い出した。「いや、ごめんなさい、帆村さん、あの蟒という動物はですな、生きているものなら躍りかかって、たとい自分の口が裂けようと呑《の》みこみますが、死んでいるものはどんなうまそうなものでも見向《みむ》きもしないという美食家《びしょくか》です。ここでは主に生きた鶏や山羊《やぎ》を食わせています。貴方は多分園長の死体のことを云っていられるのでしょうが、バラバラでは蟒の先生、相手にしませんでしょうよ」
 帆村は折角《せっかく》登りつめた断崖から、突っ離されたように思った。穴があれば入りたいとは、この場のことだろう。彼は北外畜養員に挨拶をして、遁《に》げるように室を出た。
 彼は人に姿を見られるのも厭《いと》うように、スタスタと足早に立ち去った。園内の反対の側に遺《のこ》されたる藤堂家《とうどうけ》の墓所《ぼしょ》があった。そこは鬱蒼《うっそう》たる森林に囲まれ、厚い苔《こけ》のむした真《しん》に静かな場所だった。彼はそこまで行くと、園内の賑《にぎや》かさを背後《あと》にして、塗りつぶしたような常緑樹《じょうりょくじゅ》の繁みに対して腰を下した。
「ああ、何もかも無くなった
前へ 次へ
全46ページ中32ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング