話をしたのが、こんなところへヒョックリ出て来ようとは思いがけなかったので、横を向いて苦笑《にがわら》いをした。兎《と》も角《かく》、調餌室の連中はあの時間、犯行を遂《と》げるなどとは非常に困難であることが判った。
してみると、園長の万年筆や釦《ボタン》は、一体何を語っているのだろうか。理窟からゆけば、どうしても調餌室の連中が疑われてくるのであるが、北外《きたと》の話では疑うのが無理である。すると、残るのは何者かが調餌室の人たちに嫌疑を向けるために、万年筆を落し、釦を調餌室の前に捨てたとしかかんがえられない。何者がやったことかは知らぬが、そうだとすると、犯人は実に容易ならぬ周到な計画を持っていたものと思われる。
そこで帆村は大事にしていた切札を、ポイと投げ出す気になった。
「北外《きたと》さん。隣りの爬虫館《はちゅうかん》の蟒《うわばみ》どものことですがね。皆で九頭ほどいますが、あれに人間の身体を九個のバラバラの肉塊《にくかい》にし、蟒どもに振舞ってやったら、嘸《さぞ》よろこんで呑むことでしょうな」帆村は北外の答えを汗ばむような緊張の裡《うち》に待った。
「うわッはッはッ」北外は無遠慮《ぶえんりょ》に笑い出した。「いや、ごめんなさい、帆村さん、あの蟒という動物はですな、生きているものなら躍りかかって、たとい自分の口が裂けようと呑《の》みこみますが、死んでいるものはどんなうまそうなものでも見向《みむ》きもしないという美食家《びしょくか》です。ここでは主に生きた鶏や山羊《やぎ》を食わせています。貴方は多分園長の死体のことを云っていられるのでしょうが、バラバラでは蟒の先生、相手にしませんでしょうよ」
帆村は折角《せっかく》登りつめた断崖から、突っ離されたように思った。穴があれば入りたいとは、この場のことだろう。彼は北外畜養員に挨拶をして、遁《に》げるように室を出た。
彼は人に姿を見られるのも厭《いと》うように、スタスタと足早に立ち去った。園内の反対の側に遺《のこ》されたる藤堂家《とうどうけ》の墓所《ぼしょ》があった。そこは鬱蒼《うっそう》たる森林に囲まれ、厚い苔《こけ》のむした真《しん》に静かな場所だった。彼はそこまで行くと、園内の賑《にぎや》かさを背後《あと》にして、塗りつぶしたような常緑樹《じょうりょくじゅ》の繁みに対して腰を下した。
「ああ、何もかも無くなった
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