《きょうこう》を演じたのです。小さいパイプの中を抜けることは、その手足を一時バラバラに外し、一旦向う側へ抜けた上、また元のように組立てれば、苦もなく出来ることです。それを考えないと、あの金庫の部屋に忍びこんだことが信ぜられない。これで私の説が滑稽でないことがお判りでしょう」
 やがて帆村は一同を促《うなが》して退場をすすめた。
「あの夫人はどうしたろう?」
 と部長が、あたしのことを思い出した。
「魚子夫人はアルプスの山中《さんちゅう》に締《し》め殺してあると博士の日記に出ています。さあ、これからアルプスへ急ぐのです」
 人々はゾロゾロと室を出ていった。
「待って!」
 あたしは力一杯に叫んだ。しかしその声は彼等の耳に達しなかった。ああ、馬鹿、馬鹿! 帆村探偵のお馬鹿さん! ここにあたしが繋《つな》がれているのが判らないのかい。夫は、あの井戸の蓋の穴から逃げ出したのだ。呪《のろ》いの大石塊《だいせっかい》は、彼に命中しなかったのだ。ああ今は、あたしには餓死だけが待っている。お馬鹿さんが引返して来る頃には、あたしはもう此の世のものじゃ無い。夫が死ねば、妻もまた自然に死ぬ! 夫の放言《ほう
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