に、それを相談しようと思った。彼はもう間もなく訪《おとず》れて来るに違いない。あたしはまた鏡に向って、髪かたちを整《ととの》えた。
 だが、調子の悪いときには、悪いことが無制限に続くものである。というのは、松永はいつまで待っても訪ねてこなかった。もう三十分、もう一時間と待っているうちに、とうとう何時の間にやら、十二時の時計が鳴りひびいた。そして日附が一つ新しくなった。
(やっぱり、そうだ!――松永はあたしのところから、永遠に遁《に》げてしまったのだ!)
 彼のために、思い切ってやった仕事が、あの子供っぽい青年の胸に、恐怖を植えつけたのに違いない。人殺しの押かけ女房の許から逃げだしたのだ。もう会えないかも知れない、あの可愛い男に……。
 悶《もだ》えに満ちた夜は、やがて明け放たれた。憎らしいほどの上天気だった。だが、内に閉じ籠っているあたしの気持は、腹立たしくなるばかりだった。幾回となく発作《ほっさ》が起って、あたしは獣《けもの》のように叫びながら、灰色に汚れた壁に、われとわが身体をうちつけた。あまりの孤独、消しきれない罪悪《ざいあく》、迫りくる恐怖戦慄《きょうふせんりつ》、――その苦悶
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