かれの家族も(あたし独りがその家族だった)それから彼の財産も、すべて夫の手を離れてしまった。彼は今日まで、すっかり無駄働きをしたようなものだ。そんなことをさせたのは、一体誰の罪だ。殺したのは、あたしだ。しかし殺させるように導いたのは夫自身だったじゃないか。他の男のところへ嫁《とつ》いでいれば、人殺しなどをせずに済んだにちがいない。あたしの不運が人殺しをさせたのだ。といって人殺しをしたのは此の手である。この鏡に写っている女である。もう拭《ぬぐ》っても拭い切れない。あたしの肉体には、夫殺しの文字が大きな痣《あざ》になっているのに違いない。誰がそれを見付けないでいるものか。じわりじわりと司直《しちょく》の手が、あたしの膚《はだ》に迫ってくるのが感じられる。
(ああ、こんな厭《いや》な気持になるのだったら、夫を殺すのではなかった!)
押しよせてくる不安に、あたしはもう堪《た》えられなくなった。なにか救《すく》いの手を伸《の》べてくれるものは無いか。
「そうだ、有る有る。お金だ。夫の残していった金だ。それを探そう!」
いつか夫が、莫大《ばくだい》な紙幣《さつ》の札を数えているところへ、入って
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