《くもん》のために気が変になりそうだ、恐ろしかった。あの重い鉄蓋が持ち上がるものだったら、あたしは殺した夫の跡を追って、井戸の中に飛びこんだかも知れない。
 喚《わめ》き、悶え、暴《あば》れているうちに、とうとう身体の方が疲れ切って、あたしはベッドの上に身を投げだした。睡ったことは睡ったが、恐ろしい夢を、幾度となく次から次へと見た。――不図《ふと》、その白昼夢《はくちゅうむ》から、パッタリ目醒《めざ》めた。オヤオヤ睡ったようだと、気がついたとき、庭の方の硝子窓《ガラスまど》が、コツコツと叩かれるので、其の方へ顔を向けた。
「ああ、――」あたしは、思わず大声をあげると、その場に飛んで起きた。なぜなら、庭に向いた窓の向うから、しきりに此方《こっち》を覗きこんでいる者があった。その円い顔――紛《まぎ》れもなく、逃げたとばかり思っていた松永の笑顔だった。
「マーさん、お這入《はい》り――」
「どうして昨夜《ゆうべ》は来なかったのさア」
 嬉しくもあったけれど、相当口惜しくもあったので、あたしはそのことを先《ま》ず訊《たず》ねた。
「昨夜は心配させたネ。でもどうしても来られなかったのだ、エライことが起ってネ」
「エライことッて、若い女のひとと飯事《ままごと》をすることなの」
「そッそんな呑気《のんき》なことじゃないよ。僕は昨夜、警視庁に留められていたんだ。そして、いまから三十分ほど前に、釈放《しゃくほう》になったばかりだよ」
「ああ、警視庁なの!」
 あたしはハッと思った。そんなに早く露見《ろけん》したのかなア。
「そうだ、災難に類する事件なんだがネ」と彼は急に興奮の色を浮べて云った。「実はうちの銀行の金庫室から、真夜中に沢山の現金を奪って逃げた奴があるんだ。そいつが判らない。その部屋にいる青山金之進《あおやまきんのしん》という番人が殺されちまった。――そして不思議なことに、その部屋に入るべきあらゆる入口が、完全に閉じられているのだ。穴といえば、その室《へや》にある送風機の入口と、壁の欄間《らんま》にある空気窓だけだ。空気窓の方は、嵌《は》めこんだ鉄の棒がなかなかとれないから大丈夫。もう一つの送風機の穴は、蓋があって、これが外《はず》せないことはないが、なにしろ二十センチそこそこの円形《まるがた》で、外は同じ位の大きさの鉄管で続いている。二十センチほどの直径のことだから、どん
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