いいだろうか。
だが此処《ここ》で、一日でも早くこの事業に手をつけると、後に行っては千年や二千年は、早く目的を達することが出来る」
「手をつけるッてどうするんですの」
「いまでも全世界で、遊星へ飛ばすロケットを考えている学者が十五人、本当にロケットを建造したものが二人ある」
「まア、もうそんなに進んでいるのですか。駭《おどろ》いた、あたし」
「そんなロケットに乗ってみたいとは思わないかネ」
「思いますワ、博士」
「そうかい、では此《こ》の窓から、外を覗《のぞ》いて御覧」
「アラ、博士。パノラマが見えますワ。宇宙の一角から、フットボール位の大きさに地球を見たところが……」
「よく御覧、その地球は、見る見る小さくなってゆく!」
「ああ、恐ろしいこと。ああ、あたしは気持が変になった!」
「耳を澄《す》ましてごらん。エンジンの音がきこえるだろう。ロケットの機尾《きび》から、瓦斯《ガス》を出している音もするだろう」
「では、もしや……」
「ロケットは、地球を離れること九十五万キロメートル」
「博士、冗談はよして、元の地球へ帰して下さい!」
「わしは、君のような、若くて美しい女性がこの室に入ってくれるのを待っていた」
「博士、あたしには許婚《いいなずけ》が……」
「わしのロケットはあの第三十八階ですべての出発準備を整《ととの》えていたのだ。唯《ただ》、欠《か》けていたのは遊星植民に大事な一対《いっつい》の男女――男はこのわし[#「わし」に傍点]。その相手の女さえ来てくれると、それで準備は完了したのだ。さあオリオン星座附近で、新しい遊星を見付けて降下しよう。そこでお前は、幾人もの仔《こ》を産《う》むのだ。今は淋《さび》しいが、もう二十万年も経てば、地球位には賑《にぎ》やかになるよ。おお、なんと愉快な旅ではないか」
「ああ、あの[#「あの」に傍点]人。編集長め! そして、ああ、地球よ……」
底本:「海野十三全集 第1巻 遺言状放送」三一書房
1990(平成2)年10月15日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
1932(昭和7)年6月号
※本作品中には、身体的・精神的資質、職業、地域、階層、民族などに関する不適切な表現が見られます。しかし、作品の時代背景と価値、加えて、作者の抱えた限界を読者自身が認識することの意義を考慮し、底本のままとしました。(青空文庫)
入力:tatsuki
校正:ペガサス
ファイル作成:
2002年12月3日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
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