っちの無電は、たしかに電波を出しているのだろうね」
「それは心配ありません。なにしろ打電している時間が短いものですからそれで返事が得られなかったものと思われます」
「ふーむ」
このうえは、救難信号をききつけたどこかの汽船が、一刻もはやくこの地点に助けに来てくれるのをまつより外はない。さっきまでは、こっちが遭難船を助けに急いだのに、今はその逆になって、こっちが助けを呼ぶ身となった。なんという逆転だろう。
「おい古谷局長」しばらくして、船長はふたたび局長をよんだ。
「はあ、ここに居ります」
「さっき本船から無電したとき、本船が魚雷《ぎょらい》に見舞われたことを打電したかね」
「はあ、それは本社宛の電報に、とりあえず報告しておきました。銚子局《ちょうしきょく》を経て、本社へ届くことでしょう」
「そうか。それはよかった」
船長の声が、暗闇の中に消えた。洋上は、すこし風が出てきた。舷《ふなばた》から、波がしきりにぱしゃんぱしゃんと、しぶきをあげてとびこむ。
「さあ、元気を出して漕ぐんだ。あと二時間もすれば、夜が白むだろう」
事務長は、大きなこえで、一同に元気をつけた。そのときであった。
「あっ、船が! 大きな船が通る」
「えっ、大きな船が通るって、それはどこだ?」
「あそこだ。あそこといっても見えないかもしれないが、左舷前方《さげんぜんぽう》だ」
「えっ、左舷前方か」
一同は、その方をふりかえった。なるほど暗い海上を、船体を青白く光らせた船の形のようなものが、すーうと通りすぎようとしている。
「あっ、あれか。かなり大きな船じゃないか。呼ぼうや」
「待て。うっかりしたことはするな。第一あの船を見ろ。無灯で通っているじゃないか。あれじゃないかなあ。和島丸へ魚雷をぶっぱなしたのは」
「ふん、そうかもしれない。すると、うっかり呼べないや」
火花《ひばな》する船腹《せんぷく》
佐伯船長も、おどろく眼で、その青白く光る怪船をじっと見つめていた。
ふしぎな船もあるものだ。まるで幽霊船が通っているとしか見えない。
「船長、試《こころ》みにあの船を撃《う》ってみてはどうでしょうか。ここに一挺《いっちょう》小銃を持ってきています」
小銃で幽霊船を撃ってみるか。それもいいだろう。しかし万一あれが本当の幽霊船でなく、どこかの軍艦ででもあったとしたら、そのときはこっちはとん
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