黒いリボンは、お葬式のときにだけつかう不吉《ふきつ》なものだった。その不吉な黒リボンが花輪にむすびつけてあるのだから、佐伯船長以下一同がいやな顔をしたのも無理ではない。
「ほう、まだなにか書いたものがつけてある」
佐伯船長は、函の底に、一枚のカードがおちているのをつまみあげた。
見ると、そとには妙な字体の英語でもって、
「コノ花輪ヲ、ヤガテ海底《かいてい》ニ永遠《えいえん》ノ眠リニツカントスル貴船乗組《きせんのりくみ》ノ一同ニ呈ス」
と書いてある。なんというひどい文句だろう。これを読むと、お前の船にのっている者は、みんな海底に沈んでしまうぞという意味にとれる。
「け、けしからん」
見ていた船員たちは、拳《こぶし》をかためて、怒りだした。
だが、さすがに佐伯船長は、怒るよりも前に、和島丸の危険を感づいた。
「おい、みんな。これは遭難の前触《まえぶ》れに決った。お前たちは、すぐ部署《ぶしょ》につけ。おい事務長|銅羅《どら》をならして、総員配置につけと伝達しろ」
船長のこえは、疳《かん》ばしっていた。
さあたいへんである。船長の言葉が本当だとすると、もうすぐなにごとか災難がこの和島丸のうえにくるらしい。折《おり》も折、このまっくらな夜中《よなか》だというのに、なんということだろう。
「さあ、甲板《かんぱん》へかけあがれ」
「おい、こっちは機関室へいそぐんだ」
船員たちは、樹《き》と樹の間をとびまわる猿の群のように、すばしこく船内をかけまわる。
「探照灯や室の外にもれる明かりを消せ。目標となるといけない」
船長は、つづいて第二の号令をかけた。
探照灯は消された。窓は、黒い布《きれ》でふさがれた。たちどころに灯火管制ができあがった。やれやれと思った折しも、船の底にあたって、ごとんと、ぶきみな物音がして、船体ははげしく揺れた。
「あっ、今のは何だ」
船員が顔を見合わせたその瞬間、船底から轟然《ごうぜん》たる音響がきこえた。そして和島丸は、大地震にあったようにぐらぐらと揺れた。
「ああっ、やられた。爆薬らしい」
船長はその震動でよろよろとよろめいたが、机にとびついて、やっと立ちなおった。そこへ一人の船員が、胸のあたりをまっ赤にそめて、とびこんできた。
「あっ船長。たいへんです。船底に魚雷らしいものが命中しました。大穴があきました。防水中ですが、うまくゆく
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