霊魂第十号の秘密
海野十三
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)電波小屋《でんぱごや》
|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)三木の姉|名津子《なつこ》の声が、
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)5と70[#「70」は縦中横]の
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電波小屋《でんぱごや》「波動館《はどうかん》」
みなさんと同じように、一畑《いちはた》少年も熱心な電波アマチュアだった。
少年は、来年は高校の試験を受けなくてはならないんだが、その準備はそっちのけにして、受信機などの設計と組立と、そして受信とに熱中している。
彼は、庭のかたすみに、そのための小屋を持っている。その小屋の中に、彼の小工場があり、送受信所《そうじゅしんじょ》があり、図書室があった。もちろん電源も特別にこの小屋にはいっていた。この小屋を彼は「波動館《はどうかん》」と名づけていた。
このような設備のととのった無線小屋を、どの電波アマチュアも持つというわけにはいかないだろう。
一畑少年の場合は、お母さんにうんとねだってしまって、このりっぱな「波動館」を作りあげてしまったのだ。
お母さんは、ひとり子の隆夫《たかお》少年に昔から甘《あま》くもあったが、また隆夫少年ひとりをたよりに、さびしく暮して行かねばならない気の毒な婦人でもあった。
というのは、隆夫少年の父親である一畑治明《いちはたはるあき》博士は、ヨーロッパの戦乱地でその消息《しょうそく》をたち、このところ四カ年にわたって行方不明のままでいるのだ。あらゆる手はつくしたが、治明博士の噂のかけらも、はいらなかった。もうあきらめた方がいいだろうという親るいの数がだんだんふえて来た。心細さの中に、隆夫の母親は、隆夫少年ひとりをたよりにしているのだ。
なお、治明博士は生物学者だった。日本にはない藻類《もるい》を採取研究のためにヨーロッパを歩いているうちに、鉄火《てっか》の雨にうたれてしまったものらしい。
博士の細胞から発生した――というと、へんないい方だが――その子、隆夫は、やはり父親に似て、小さいときから自然科学に対して深い興味を持っていた。そしてそれがこの二三年、もっぱら電波に集中しているのだった。
隆夫は、学校から帰ってくると、あとの時間を出来るだけ多く、この小屋で送った。
夜ふけになっても小屋から出て来ないことがあった。また、「お母さん、今夜は重要なアマチュア通信がありますから、ぼくは小屋で寝ますよ」などと、手製の電話機でかけてくることもあった。
この小屋には、同じ組の二宮《にのみや》君と三木《みき》君が一番よく遊びに来た。この二人も、そうとうなアマチュアであった。
隆夫の方はほとんどこの小屋から出なかった。友だちのところを訪《おとず》れることも、まれであった。
そのような一畑少年が、この間から一生けんめいに組立を急いでいる器械があった。それは彼の考えで設計したセンチメートル電波の送受信装置であった。
この装置の特長は、雑音がほとんど完全にとれる結果、受信の明瞭度《めいりょうど》がひじょうに改善され、その結果感度が一千倍ないし三千倍良くなったように感ずるはずのものだった。
その外にも特長があったが、ここではいちいち述《の》べないことにする。
その受信機は組立てられると、小屋の中にある金網《かなあみ》で仕切った。奥の方に据《す》えられたあらい金網が、天井から床まで張りっぱなしになっているのだ。その横の方が、戸のようにあく、そこから中へはいれる。その仕切りの中の奥に台がある。その上に例の受信機は据えられた。送信機の方は、もっとあとにならないと組上がらない。
パネルは、金網の上に取付けてあった。受信機とパネルの間には、長い軸《じく》が渡されてあった。金網の外で、パネルの上の目盛盤《めもりばん》をまわすと、その長い軸がまわって、受信機の可動部品を動かすのである。
金網はもちろんよく接地《せっち》してある。だからパネルの前に人間が近づいて、目盛盤をまわしても、受信回路の同調を破ったり、ストレー・フィールドを作って増幅回路へ妨害を与えたりすることはない。この金網は、じつは天井も床も四方の壁をも取り囲んでいて、つまり受信機は大きな金網の箱の中に据えられているわけだ。これほど念を入れてやらないと、波長がわずかに何センチメートルというような短い電波を、純粋にあつかうことはできないのだ。
隆夫は、自分の受信機が、非常にすぐれていると信じていた。これが働きだしたら、ひょっとすると火星などから発信されている電波を受けることもできるのではないかとさえ考えていた。
もちろん彼は、火星だけをあてにしているわけではなかった。最近の観測によると、火星には植物でもずっと下等な地衣類がはえているだけで、動物はまずいないのであろうといわれる。つまり火星人なんて棲《す》んでいないらしいというのだ。
しかし宇宙は広大である。直径十億光年の大宇宙の中には、地球と似た遊星《ゆうせい》も相当たくさんあるにちがいないし、従ってその住民がやはり電波通信を行っているだろうし、そうだとすればその通信をとらえる可能性はあるはずだと考えていた。
そしてあと二十年もすれば、われわれ人類はいよいよ宇宙旅行に手をつけるだろうが、それにはロケットをとばすよりも先に、電波をとばし、また相手から発射される電波信号をさぐることの方が先にしなくてはならない仕事だと思っていた。
そういう意味において、隆夫は、こんど組立てた受信機に大きな望みと期待とを抱いていた。
初めての実験
すっかり組立を終った。
隆夫は胸をおどらせて、金網の箱の外のパネルの前に、腰掛を寄せて、いよいよその受信機を働かせてみることになった。
電源を入れた。
しばらくすると、真空管のヒラメントがうす赤く光りだした。
そこで五つの目盛盤をあやつると、天井から下向きにとりつけてある高声器から、がらがらッと雑音《ざつおん》が出て来た。
「おやッ。雑音は出て来ないはずだが、なぜ出て来るんだろう」
雑音を完全に消すのが特長であるこの受信機が、スイッチを入れるが早いか、がらがらッとにぎやかに雑音を出したものだから、隆夫はすっかりくさってしまった。
「どこが悪いんだろうか」
電気を切ると、隆夫は金網戸を開いて、器械のそばへ行った。
せっかくつないだ接続をはずして、装置の各パートを、たんねんに診察しはじめた。それが終ったのが、朝の三時だった。結果は、どのパートも故障はなかった。
それからまた電源や出力側の接続をやり直した。それが完了すると、金網戸のところを外へ出、ぴったりと戸をしめた。そしてパネルの前に再び腰を下ろし、もう一度頭の中で手落ちはないかと確《たしか》め、それから金網越しに、奥の台の上に列立する真空管や、鋭敏《えいびん》な同調回路の部品や、念入りに遮蔽《しゃへい》してあるキャプタイヤコードの匐《は》いまわり方へいちいち目をそそいだ。
「こんどこそ欠点なしだ」
確信をもって彼は、電源のスイッチを入れた。そしてしばらく真空管の温《あたた》まるのを待った。
がらがらッ。がらがらッ。
雑音が、またも天井裏《てんじょううら》の高声器から降ってきた。
しぶい顔をして隆夫は、又してもはねまわるぬ雑音に聞き入った。
「だめだッ」
スイッチを切る。
「いったいどこがいけないのか、見当がつかないや。どこも悪くないんだがなあ」
がっかりして、彼はとなりの図書室の長椅子《ながいす》の上にのびて、ねてしまった。
その翌日のことであった。
学校のかえりに、二宮《にのみや》と三木《みき》がついて来た。
隆夫は二人を小屋の中の金網の前につれこんだ。そして前夜からのことをくわしく説明した。
「ちょっとスイッチを入れてみないか」
二宮がいったので、「よおし」と隆夫は電源スイッチを入れた。
すると間もなく、例のがらがらッ、が始まった。だが昨夜ほど大きくはなかった。とはいうものの、他のよわい通信を聞き分けることは、とてもできないくらい雑音の強さは桁《けた》はずれに大きかった。
二宮も三木も、かわるがわるパネルの前に立って、隆夫にききながら目盛盤をまわしていろいろ調整をやってみたが、さっぱり通信の電波は受からなかった。
ただ二宮は、こんなことをいった。
「この雑音ね、どの波長のところでも聞えることは聞えるけれど、この目盛盤で5から70ぐらいの間が強く聞えて、その両側ではすこし低くなるね」
「それはそうだね。その5と70[#「70」は縦中横]の外では、急に回路のインピーダンスがふえるから、それで雑音も弱くなるのじゃないかなあ」
隆夫が意見をのべた。
「そうだろうか。しかしぼくはね、この雑音はふつうの雑音ではないような気がする。やっぱり信号電波が出ているんじゃないかなあ。しかしその電波は、鋭敏に一つの波長だけで出していないんだ。そうとう広い波長帯で、信号を放送しているんじゃないかなあ」
二宮は、かわった見方をしている。
「でもこれは雑音のようだぜ」
「ぼくもそう思う」
三木も隆夫に賛成した。
両説に分れたままで、その時は分れた。なぜならば、三人の少年たちの知識と実力とではそれを解決することができなかったからだ。
友だち二人が帰ると、隆夫は小屋の中にひとりとなったが、気が落ちつかなかった。もう一度雑音を聞いてみた。雑音にちがいないと思いながらも、妙に二宮のいった広い波長帯をもった放送かもしれないという説が気になってならなかった。そこで彼は決心して、小屋から出ていった。母親にことわって、隆夫は外出した。彼が足を向けたのは、電波物理研究所で研究員をしている甲野博士《こうのはかせ》のところだった。若い甲野博士は、電波の研究が専門で、隆夫がアマチュアになったのも、この人のためで、隆夫の家とは遠い親戚《しんせき》にあたるのだった。
博士の批判
甲野博士にねだったかいがあって、博士はその日研究所の帰《かえ》り路《みち》に、隆夫の家へ寄ってくれることになった。
もう退《ひ》け時《どき》に近かったので、隆夫はしばらく待ってから、博士と連《つ》れ立《だ》って、わが家へ向った。
門を開いて、庭づたいに小屋の方へ歩いていると、お座敷のガラス戸ががらりとあいて母親が顔を出した。
甲野博士へのあいさつもそこそこにして、
「ねえ、隆夫。たいへんなことができたよ」
と、青い顔をしていった。
「どうしたの、お母さん」
「お前の研究室がたいへんなんだよ。さっきひどい物音がしたから、なんだろうと思っていってのぞいてみるとね……」
母親は、あとのことばをいいかねた。
「どうしたんですか。早くいって下さい」
「中がめちゃめちゃになっているんだよ。なんでもご近所のドラ猫がとびこんだらしいんだがね、金網《かなあみ》の中であばれて、たいへんなことになっているよ」
「えっ、金網の中? それはたいへん」
隆夫は夢中で小屋の方へ走った。甲野博士もあとから、隆夫の母親と連れだって小屋の方へゆっくり歩む。
まったく小屋の中はたいへんなことになっていた。もっともそれは金網の箱室の中だけのことであったが、隆夫が一生けんめいに組立てた受信機がめちゃめちゃにぶちこわされていた。大切な真空管も、大部分はこわれていた。ドラ猫は中にいなかった。金網の戸がすこしあいていた。
「しまった」と隆夫は思った、よく閉めておかなかったのが悪かったのだ。なさけなさに、涙も出ず、隆夫は金網の戸をあけて中へはいったが、すみっこに鼠《ねずみ》のしっぽが落ちているのを見つけた。
「ははあ。するとこの中に鼠が巣をつくっていたのかもしれない。そのために、あの雑音が起ったのであろう」
問題が解けたように思った。
そこへ博士と母親とがはいって来た。
隆夫は、甲野さんにすべてを説明した。猫にあばれこまれたらしい話までした。
博士は、ちょっと考えていたが、
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