しや、そちらへ帰ったのではないかと思ったものですから、お電話したんです」
「なんだか事情はよくのみこめませんが、君のご心労《しんろう》は深く察します。名津子さんは、どうですか。おたっしゃですか」
「そのことも、ちょっと心配なんです。今夜姉は卒倒《そっとう》しましてね、ぼくたちおどろきました。それから姉は、昏々《こんこん》と睡りつづけているのです。お医者さんも呼びましたが、手当をしても覚醒《かくせい》しないのです。昼間は、たいへん元気でしたがね」
 それを聞くと、治明博士はどきりとした。
「卒倒されたというんですか。それは今夜の幾時ごろでしたか」
「姉が卒倒した時刻は、そうですね、たしか八時半ごろでした」
「今夜の八時半ごろ。なるほど」
「どうかしましたか」
「いや、どうもしません。とにかくそのまま静かに寝かしておいておあげになるがいいでしょう。四五日たてば、きっとよくなられるでしょう。多分、今までよりも、もっと元気におなりでしょう」
 電話を切って、茶の間へ戻っていく博士は、
「八時半か。あの時刻にぴったり合うぞ」
 と、ひとりごとをくりかえした。午後八時半といえば、隆夫がレザールの前
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