はただの一人も見えなかった。残っているのは、聖者ただひとりであった。
「ああ、聖者……」
「分っている。わしについて来《きた》れ」
聖者は博士の願いについて一言も聞かず、自分のうしろに従《したが》い来れといったのだ。博士は、奇蹟に目をみはりながら、石床《いしどこ》をけって立った。聖者は気高く後姿を見せて、しずかに歩む。博士はその姿を見失うまいとして、後を追っていった。そのとき気がついたことは、新月は既に西の地平線に落ちて、あたりは濃い闇の中にあったことである。しかもふしぎに、聖者の後姿と、通り路とは、はっきり博士の目に見えているのだった。
博士は聖者アクチニオ四十五世について城壁の上をずんずんと歩いていくうちに、いつしかトンネルの中にはいっているのに気がついた。うす暗い、そして奥が知れない、気味のわるいトンネルであった。トンネルの道は、自然に下り坂になって、今歩いているところは既に地下へもぐってしまったらしく、ぷーンとかびくさい。
どこからともなく、黄いろのうす明りがさし、トンネルの中の有様を見せてくれる。トンネル内は、通路が主であるが、ところどころそれが左右へひろげられて大小の
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