今どうしているか。
 母親は、そのてんまつを治明博士に次のように語った。
「隆夫が、あなた、急に女遊びをするようになってしまいましてね。監督の役にあるわたくしとしては、あなたに申しわけもないんですが。いくらわたくしが意見をしても、さっぱりきかないんですの。もっとも女遊びといっても悪い場所へ行って札つきの商売女をどうこうするというのではなく、隆夫のは、お友達の家のお嬢さんと出来てしまったわけで、下品《げひん》でも不潔《ふけつ》でもないんですけれど、やはり女遊びにちがいありません。まことに申しわけのないことになってしまいました。
 そんなわけで、隆夫はわたくしと考えがあいませんで、今はこの家に居ないのでございます。早くいえば、家出をしてしまったんです。でも隆夫の居所ははっきりしています。それは今お話した相手のお嬢さんのお家なんですの。三木さんといいまして、隆夫と仲よしの健《けん》さんのお家なんです。相手のお嬢さんというのが、健さんの姉さんで名津子《なつこ》さんという方です。つまり同級生のお姉さまと恋愛関係に陥《お》ちてしまったわけですの。名津子さんは二十歳ですが、隆夫は十八歳なんですから、相手の方が二つも年齢が上になっています。いいことだと思いません。どうして隆夫が、そんな軟派青年《なんぱせいねん》になってしまったのか、もちろんわたくしにも監督上ゆだんがあったわけでございましょうけれど、まさしく悪魔に魅《みい》られたのにちがいありません。
 二人が結びついたきっかけは、名津子さんの発病でございました。いいえ、名津子さんは、それまではたいへん健康にめぐまれた方でしたが、あるとき急におかしくなってしまいましてね、健さんもたいへんな心配、それよりもお母さんはもっとたいへんなご心配で、名津子さんといっしょにおかしくなってしまいそうに見えました。それを聞いた隆夫は、自分が研究して作った器械を使って、名津子さんの病気をなおしてあげたいといって、その器械を持って三木さんのお家へ出かけたのでございますよ。その日帰って来ての短い話に、『お母さん、どうやら病気の原因の手がかりをつかんだようですよ。二三日うちに、きっとうまく解決してみせます』と隆夫が申しました。それから隆夫は、いつもの通り、電波小屋へはいったわけですが、隆夫がおかしくなったとはっきり分ったのは、その翌朝のことでございました。
 その朝、隆夫はいつもとはかわって、たいへん機嫌がよく、そして大元気で――すこしそのふるまいが乱暴すぎるようにも思われたこともありましたが――とにかくすばらしい上機嫌で、『これから三木さんのところへ行って、名津子さんの病気をなおします。病気がなおったらぼくは名津子さんと結婚します。ぼくはこの家よりも名津子さんの家の方が好きだから、あっちに住みます。では、行ってきます』と途方《とほう》もないことを口走ると、わたくしが追いすがるのをふり切って、家を出ていってしまったんです。それっきり、隆夫はうちへ戻って来なくなりました。そのときのことを思い出しますと、今も胸がずきずき痛んでなりません。
 隆夫がおかしくなったので、わたくしはおどろきと悲しみのあまり、病人のようになって寝ついてしまって、一歩も歩けなくなりました。しかしわたくしよりも、もっとびっくりなすって、当惑《とうわく》なすったのは、名津子さんのお家の人々でした。とりわけお母さまの驚きは、お察し申しあげるだに、いたましいことでした。なにしろ、とつぜん隆夫が乗りこんでいって、名津子さんに抱きつき、そして『ぼくは只今から名津子さんと結婚します。そしてぼくは名津子さんと、ここに住みます』と宣言したというではございませんか。いくら顔見知りの青年であっても、こんなあつかましいことをいって、しかもそれを目の前で実行してみせる心臓っぷりには、お母さまが卒倒なすったというのも無理ではありません。
 それ以来、隆夫はあのお家から離れないのです。誰から何といわれようと、隆夫はすこしも気にしていないらしく、にやにや笑うだけで言葉もかえさず、その代り、忠実な番犬のように名津子さんのそばから離れないのです。しかしふしぎなことに、名津子さんの病気は、ぴったりと癒《なお》ってしまいました。前のようにちゃんとおとなしくなり、いうこともへんではなくなりました。二人の仲は、たいへんいいのです。そのかわり、この事件のてんまつは世間にひろがり、すごい評判になりました。もちろん隆夫は、退校|処分《しょぶん》にされました。でも隆夫は平気でいます。今の今も、わたくしは隆夫の気持が分らないで、悩んでいるのでございます」
 隆夫の母親は目頭《めがしら》をおさえた。


   公開実験の日


 ある日、治明博士は、困った顔になって、電波小屋《でんぱごや》へはいって来
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