飛び行く聖者の姿が見えた。聖者は白い衣を長く引き、金色の光に包まれていた。その右側に、やせこけた色の黒い人物がつき従っていた。それは殉教者《じゅんきょうしゃ》ロザレにまぎれもなかった。聖者アクチニオ四十五世の左手は、ふわふわとした絹わたのようなものを掴《つか》んでぶら下げていた。よく見ると、その絹わたのようなものの中には、二つの眼のようなものが、苦しそうにぐるぐる動いていた。それこそ、永らく隆夫やその両親や友人たちにわずらいをあたえていた所謂《いわゆる》霊魂第十号にちがいなかった。
 大会堂をゆるがすほどの大拍手が起った。そのさわぎに、治明博士は吾れにかえった。アクチニオ四十五世も、ロザレや霊魂第十号の幻影《げんえい》も、同時にかき消すように消え失せた。
 大感激の拍手は、しばらく鳴りやまなかった。来会者の中には、拍手をしながら席を立って舞台の下へ駈けだして来る者もあった。
 治明博士は、呆然《ぼうぜん》としていた。
 この場の推移《すいい》を見ていて、どうにもじっとしていられなくなった司会者が、楽屋からとび出して来て、治明博士の前に進んだ。またもや割れるような満場の拍手だった。
「先生。来会者たちは大感激しています。そして、姿を消した聖者レザールをもう一度聖台へ出してほしいと、熱心に申入れて来ます。どうしましょうか。とりあえず、先生はあの壇の前へ行って、立って下さいまし」
 司会者は、早口ながら、半《なか》ば歎願《たんがん》し、半ば命令するようにいった。
「私が万事《ばんじ》心得ています」
 治明博士は、ようやく口を開いた。そしてよろよろと立上ると、舞台を歩いて、聖者レザールを座らせてあった壇の方へ行った。そこで博士は、当然のこととして、壇の前に倒れている若い男の身体に行きあたった。博士の靴の先が、その男の身体にふれると、その男はむくむくと起き上った。そして博士の顔を凝視《ぎょうし》すると、
「おお、お父さん」
 と叫んで、治明博士に抱きついた。
 博士はふらふらとして倒れそうになったが、やっと踏みこたえた。そして口の中で、アクチニオ四十五世の名をくりかえし、となえた。
「お父さん。ぼくは元の身体に帰ることができましたよ。よろこんで下さい」
「ほんとにお前は元の身体へ帰って来たのか」
「ほんとですとも。よく見て下さい。何でも聞いてみて下さい」
「ほんとらしいね。ア
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