が集り、五千人の座席が満員になってしまった。
 治明博士の講演は「ヨーロッパに於ける心霊研究の近況」というので、博士が身を多難《たなん》にさらして、各地をめぐり、心霊学者や行者《ぎょうじゃ》に会い、親しく見聞し、あるいは共に研究したところについて概略《がいりゃく》をのべた。それによると、心霊の実在と、それが肉体の死後にも独立に存在すること、そして心霊と肉体とがいっしょになっている、いわゆる生存中も霊魂と肉体との分離が可能であると信ぜられているそうである。更に博士は、一歩深く進んで心霊世界《しんれいせかい》のあらましについて紹介した。
 聴衆は熱心に聴講した。会員たちはもちろんのこと、傍聴人たちも深く興味をおぼえたらしい、講演後の質問は整理に困るほど多かった。しかし時間が限られているので、それをあるところで打切って、いよいよ聖者レザール氏をこの舞台へ招くことになった。来会者一同は、嵐のような拍手をもっていよいよ始まる心霊実験に大関心を示した。
 治明博士は、聖者を迎える前に、レザール氏の身柄《みがら》と業績《ぎょうせき》について述べた。これは実は博士のデタラメが交っていたが、一部分はアクチニオ四十五世の下に集っている行者団のことを述べたので、かなり実感のある話として聴衆の胸にひびいた。
 舞台には、このとき聖壇《せいだん》が設けられた。白い布で被《おお》い、うしろには衝立《ついたて》がおかれ、それには奇怪なる刺繍絵《ししゅうえ》がかけられた。これは治明博士があちらで手に入れたもので、多分イランあたりで作られたらしい豪華なものである。それからその前に、法王の椅子が置かれた。
 そのとき舞台の裏で、奇妙な調子の楽器が奏しはじめられた。東洋風の管楽器の集合のようであった。それは音色《ねいろ》が高からず低からず、そしてしずかに続いてやむことがなく、聴きいっているうちにだんだん自分のたましいがぬけ出していくような不安さえ湧いて来るのであった。
 いったん退場した治明博士が、再び舞台へ現われた。しずかな足取り、敬虔《けいけん》な面持で歩をはこんでいる。と、そのあとから聖者レザール氏の長身が現われた。僧正服《そうじょうふく》とアラビア人の服とをごっちゃにしたような寛衣《かんい》をひっかけ、頭部には白いきれをすっぽりかぶり、粛々《しゅくしゅく》と進んで、聖壇にのぼり、椅子に腰を下ろし
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