た。
 レザール聖者――実は隆夫のたましいは、待ちかねていたという風に椅子から立上ってきて、父親を迎えた。
「困ったことになったよ、隆夫」
 治明博士は、まゆをひそめて、すぐその話を始めた。
「どうしたのですか、お父さん」
「わしはお前を救うために、こうして日本へ帰って来たんだ。ところが、わしが帰って来たことが広く報道されたため、わしは今方々から講演をしてくれと責《せ》められて断《ことわ》るのによわっている」
「断れば、ぜひ講演しろとはいわないでしょう」
「それはそうだが、中にはどうにも断り切れないのがある。心霊学会《しんれいがっかい》のがそれだ。あそこからは洋行の費用ももらっている。それにお前のことがもう大した評判なんだ。いや、お前というよりも、聖者レザール氏をわしが連れて来たということが大評判なんだ。ぜひその講演会で、術をやってみせてくれとの頼みだ。これにはよわっちまった」
「それは困りましたね。ぼくには何の術も出来ませんしねえ」
 親子はしばらく黙って下を向いていた。やがて治明博士がいいにくそうに口を開いた。
「どうだろうなあ、心霊学会だけに出るということに譲歩《じょうほ》して、一つ出てもらえないかしらん」
「出てくれって、ぼくに何をしろとおっしゃるのですか、お父さん」
 隆夫のたましいはおどろいて問い返した。
「何もしなくていいんだ。ただ、舞台に出て目を閉じてじっとしていてもらえばいい。何をいわれても、はじめからしまいまで黙っていてもらえばいいんだ。それならお前にもできるだろう」
「それならやれますが、しかしそれでは聴衆《ちょうしゅう》が承知しないでしょう。ぼくばかりか、お父さんもひどい攻撃をうけるにきまっていますよ」
「うん。しかしそのところはうまくやるつもりだ。お父さんもやりたくないんだが、心霊学会ばかりは義理があってね、どうにも断りきれないのだ。お前もがまんしておくれ」
 こんなわけで、隆夫のたましいは、はじめて公開の席に出ることになった。彼は不安でならなかった。が、「はじめからしまいまで黙っていればいいんだ」という父親との約束を頼みにした。
 一畑治明博士の帰国第一声講演及び心霊実験会――という予告が、心霊学会の会員に行きわたり、会員たちを昂奮させた。新聞社でもこの治明博士の帰国第一声を重視して紙上に報道した。だから会場は当日、会員以外に多数の傍聴人
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