ンもない小貨物船であった。
それでも岸壁には、手をこっちへ振っている見送り人があった。船員たちが、ハンドレールにつかまって、帽子をふって、岸壁へこたえている。煙突《えんとつ》のかげからコックが顔を出して、ハンカチをふっている。隆夫のたましいが、つかまっているマストの綱《つな》ばしごにも、二三人の水夫がのぼって、帽子を丸くふっていた。かもめでもあろうか、白い鳥がしきりに飛び交っている。その仲間の中には、隆夫のたましいのそばまで飛んできて、つきあたりそうになるのもいた。
「港外まで出ないと、ごちそうを捨ててくれないよ」
「早く捨ててくれるといいなあ。ぼくは腹がへっているんだ」
かもめは、そんなことをいいながら、この汽船が海へ捨てるはずの調理室《ちょうりしつ》の残りかすを待ちこがれていた。
隆夫のたましいは、久しぶりにひろびろとした海を見、潮《しお》のにおいをかいで、すっかりうれしくなり、いつまでも眺めていた。白い航跡《こうせき》が消えて、元のウルトラマリン色の青い海にかえるところあたりに、執念《しゅうねん》ぶかくついてきた白いかもめが五六羽、しきりに円を描いては、漂流《ひょうりゅう》するごちそうめがけて、まい下りるのが見られた。
船の舳《とも》が向いている方に、ぼんやりと雲か島か分らないものが見えていたが、それは陸地だと分った。左右にずっとのびている。そうだ、あれだ、イタリア半島なのだ。するとこの船はイタリア半島のどこかの港にはいるのにちがいない。一体どこにつくのだろうか。
隆夫のたましいは、もうすっかり大胆《だいたん》になっていたので、マストをはなれて下におりてきた。
そして船橋《せんきょう》へとびこんだ。そこには船長と運転士と操舵手《そうだしゅ》の三人がいたが、誰も隆夫のたましいがそこにはいってきたことに気のつく者はいなかった。
その運転士が、航海日記をひろげて、何か書きこんでいるので、そばへ行って見た。その結果、この汽船は、対岸《たいがん》のバリ港へ入るのだと分った。
やがてバリ港が見えてきた。
小さな新興《しんこう》の港だ。カッタロ港とは全然おもむきのちがった港だった。そのかわり、町をうずめている家々は、見るからに安普請《やすぶしん》のものばかりであった。戦乱《せんらん》の途中で、ここを港にする必要が出来て、こんなものが出来上ったらしい。殺風景
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