諾《しょうだく》していないぞ。それはともかく、人殺《ひとごろ》しみたいに、ぼくのくびをしめるとはなにごとだ」
 隆夫は苦しい息の下から、あえぎあえぎ、相手をののしった。
「はははは。はははは」
 相手は、ほがらかに笑いつづける。隆夫は腹が立ってならなかった。しかし自分の意識が刻々うすれていくのに気がつき恐慌《きょこう》した。
「はははは。もうすこしの辛棒《しんぼう》だ」
「なにを。この野郎」
 隆夫は、残っているかぎりの力を拳《こぶし》にあつめ、のしかかってくる相手の上に猛烈なる一撃を加えた――と思った。果して加え得たかどうか、彼には分らなかった。彼は昏倒《こんとう》した。


   早朝の訪問者


 その翌朝《よくあさ》のことであった。
 三木健が、自分の家の玄関脇の勉強室で、朝勉強をやっていると、玄関に訪《と》う人の声があった。
 三木はすぐ玄関へ出て扉をあけた。
「お早ようございます。名津子さんの御容態《ごようだい》[#ルビの「ごようだい」は底本では「ごようたい」]はいかがですか。お見舞にあがりました」
「はッはッはッ。よしてくれよ、そんな大時代な芝居がかりは……」
 三木は腹を抱えて笑った。
 というわけは、玄関の扉をあけてみると、そこに立っているのは余人にあらず、仲よし友達のひとりである一畑隆夫《いちはたたかお》であったから。その隆夫が、なんだって朝っぱらからやってきて、この鹿爪《しかつめ》らしい口のききかたをするのか、それは隆夫が三木をからかっているのだとしか考えられなかった。
「これはこれは健君。失敬をした。許してくれたまえ。姉さんに会いたいんだがね、よろしくたのむ」
 隆夫は、三木が笑ったときに、どういうわけかあわてて逃げ腰になった。が、すぐ立ち直って、このように応対《おうたい》をした。
 三木は、べつに隆夫のことを何とも思っていなかった。
「うん。それじゃ今母に知らせてくるからね。ちょっと待っていてくれ」
「いや、待てない。すぐ会いたい」
 隆夫はひどく急いでいる。三木は、隆夫のおしの強いのに、すこし気をわるくした。だが大したことではないと、三木はすぐ自分の気持を直した。
「でも、病人だからね、様子を見た上でないと、かえって病気にさわると悪いから」
「じゃあ早くしてくれたまえ」
「よしよし」
 三木は母親のところへとんでいって、今、隆夫君が来てこ
前へ 次へ
全48ページ中18ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング