要するに、見たところ、何の外傷もないし――」
 そのとき鑑識課員が現場撮影をする準備ができたので、課長たちに屍体から離れてくれるように声をかけた。
「大江山さん、これは疑いもなく、他殺ですよ――」
 と帆村は飾窓《ショウインドウ》の外へ立ちながら云った。
「他殺? どうして? 解《げ》せんね」
「なァに、何でもないことですよ。あの女の靴下に大きな継布《つぎ》の当っているのを見ましたか。もし自殺する気なら、あのモダンさでは靴下ぐらい新しいのを買って履きますよ。なぜならあの女は手提《バッグ》の中に五十何円もお小遣いを持っているのですからネ」
「つまり自殺でないから、他殺だというんだネ。いや、そうはいえない。頓死かも知れない――さっき僕が指摘したように」
「もちろん頓死じゃありませんよ」と帆村は首を振って、「ごらんにならなかったでしょうか、あの婦人の口腔《こうくう》の中の変色した舌や粘膜《ねんまく》を。それから変な臭いのすることを。――あれだけのことがあれば、頓死とはいえませんよ」
「それは見ないでもなかったが」と課長はすこし顔を赭らめていった。「じゃあ、中毒死だというんだろうが、それは頓死
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