いのですけれど、実は今群衆の中に、私の助手である須永《すなが》が交って立っていたのです。そこへ怪紳士があの早業《はやわざ》をやったものですから、すぐさま須永に暗号通信を送って怪紳士を追跡しろと命じたのです。彼はすぐ承知をして、列を離れました。間もなく知らせてくるから、一切《いっさい》が分りますよ」
「なんだ、そうだったのか」と雁金検事は横から笑いかけながら、「しかし暗号通信というのは、どんなものかね」
「そいつは私たちの間だけに通用する指先の運動ですよ。こんな風に、頤の下で動かすんです」
 と帆村は五本の指を器用に動かして、
「いま動かしたのが、(屍体を早く解剖にした方がよろしい)という文句を暗号に綴《つづ》ったんです」
「ふふん。中々口の減らない男だな」と検事は苦《に》が笑《わら》いをして、「大江山君、その婦人の屍体を早く法医学教室へ送って解剖に附してくれ給え。ことに胃の内容物を検査して貰うんだよ。いいかね」
「承知しました」
 と、大江山課長は帆村にやりこめられたのを我慢してそれを部下に命令を下した。そこで婦人の屍体はすぐ真白な担架《たんか》の上に移され、鋪道の傍《かたわら》に待っ
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