号は、ベーリング海峡を挟《さしはさ》んだ二つの岬の名を示しているのだ!」
 しかし何故《なぜ》そんな地名を暗号の上に掲《かか》げてあるのだろう? それを考えた時、帆村探偵はハタと行き止りの露地《ろじ》につきあたったような気がした。


   隠しインキ


 帆村探偵の熱心によって、とにかく暗号は解けたけれど、その暗号の意味まで解けたわけではなかった。帆村はW大学の図書館の閲覧室《えつらんしつ》をあっちへ歩きこっちへ歩き、灼《や》けつくような焦躁《しょうそう》の中に苦悶したけれど、どうにも分らない。アラスカのウェールス岬がどうしたというのだ。カムチャッカのデジネフ岬がどうしたというのだ。どっちも日本の土地ではない。だから日本に関係ないはずだ。しかし日本に関係のないことを、某国の参謀局がわざわざ日本にいる密偵長に知らせてくるのはどうも合点がゆかないことだった。どう考えてみても、なにか日本と関係があるにちがいない。さあ、それは一体どんなことだ?
 結局帆村探偵が到着した結論では、
 ――この漫画の暗号だけがこの密書の中に書かれている通信文の全体ではない!
 ということだった。別の言葉でいうと、この密書には、もっと沢山の言葉が並んでいなければならぬ筈だということだった。
 もっと沢山の言葉! それは一体どこに記《しる》されてあるのか。レターペーパーの裏をかえし表をかえしてみたが、それ以上の数の文字は何処にも発見できなかった。――帆村はまるで迷路の中に路《みち》を失ってしまったように感じた。かれはポケットを探ってそこに皺《しわ》くちゃになった一本の莨《たばこ》を発見した。それに火をつけて吸いはじめたが、それは筆紙《ひっし》に尽《つく》されぬほど美味《うま》かった。凍りついていた元気が俄《にわ》かに融《と》けて全身をまわりだした感じだ。彼は煙をプカプカと矢鱈《やたら》にふかし続けていたが、そのうちに椅子から飛びあがると、ハタと膝を打った。
「そうだ。僕は莫迦《ばか》だった。なぜそれにもっと早く気がつかなかったのだろう!」
 そう独言《ひとりごと》をいった彼は、襯衣《シャツ》のポケットに手を入れて何物かを探し始めた。
「あった、あった」
 彼がやっと取出したものは五、六本の燐寸の棒だった。その中から三本を抜きとって、あとは元通りにポケットの底にしまった。それから彼は館員から茶碗
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