要するに、見たところ、何の外傷もないし――」
そのとき鑑識課員が現場撮影をする準備ができたので、課長たちに屍体から離れてくれるように声をかけた。
「大江山さん、これは疑いもなく、他殺ですよ――」
と帆村は飾窓《ショウインドウ》の外へ立ちながら云った。
「他殺? どうして? 解《げ》せんね」
「なァに、何でもないことですよ。あの女の靴下に大きな継布《つぎ》の当っているのを見ましたか。もし自殺する気なら、あのモダンさでは靴下ぐらい新しいのを買って履きますよ。なぜならあの女は手提《バッグ》の中に五十何円もお小遣いを持っているのですからネ」
「つまり自殺でないから、他殺だというんだネ。いや、そうはいえない。頓死かも知れない――さっき僕が指摘したように」
「もちろん頓死じゃありませんよ」と帆村は首を振って、「ごらんにならなかったでしょうか、あの婦人の口腔《こうくう》の中の変色した舌や粘膜《ねんまく》を。それから変な臭いのすることを。――あれだけのことがあれば、頓死とはいえませんよ」
「それは見ないでもなかったが」と課長はすこし顔を赭らめていった。「じゃあ、中毒死だというんだろうが、それは頓死としても起り得ることじゃないかネ」
「課長《あなた》の頓死といわれるのは図《はか》らずして自分だけで偶然の死を招いたという意味でしょうが、しかしそれに死ぬような原因を他《よそ》から与えた者があれば、それはやはり他殺なんですからネ」
「すると君は、まだ何か知っているというんだネ」
「もう一つだけですが、知っていますよ。それはあの手提《バッグ》の中にある一つの燐寸《マッチ》です。それは時計印のごく普通のものですがネ。たいへん似あわしからぬことがあるんです」
「なに、燐寸が……」
課長はツカツカと屍体の傍により、傍に落ちていた手提をもって来た。そして中を開けると、なるほど時計印の燐寸箱が入っていた。
「これは至極《しごく》普通の燐寸だネ。なにも変ったところが認められん」
「そうでしょうかしら」と帆村は首を振って「私はたいへん不思議です。第一このような不恰好な燐寸箱が、そのようなスマートな手提に入っていることが不思議であり、第二には燐寸の赤燐《せきりん》の表面は新しくて一度も擦《す》った痕《あと》がないのに、その中身を見ると燐寸の数は半分ぐらいになっているのです。どうです、不思議じゃありませ
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