……」
「もし指令書が紛失したものなら、これは重大なる責任問題だよ」
「そうだ。紛失したのならネ……。ウム、これはひょっとすると……」
そういって、A首領の「右足のない梟」は、中身のない封筒を摘みあげて、電灯の下で仔細《しさい》に改めていたがそのうちに、
「ほほう、この鋭い刃物の痕《あと》のようなものは何だろう?」
と頭をひねった。
「刃物の痕だって?」
「そうだ、封筒の上に深い刃物の痕がついているが、これは私《わし》の知らぬことだ」といいながら机の上に近づいて、その上に拡げられている大きな吸取紙の上に顔をすりつけんばかりにして何ものかを探していたが、やがて「ウン、あったぞ。ここにも刃物の痕がある。こっちの方が痕が浅いところをみると、封筒の上から刃物で刺し透したのだ。誰がやったのだろう。この位置だとすると……」
首領はハッと首をすくめると、懐中から鏡を出して、その中を覗きこんだ。その鏡の底には、丁度真上にあたる帆村の隠れている空気孔の鉄格子がハッキリうつっていた。帆村の危機は迫った。
死線を越える時
天井の鉄格子の間から下を見下ろしていた帆村探偵は
「失敗《しま》った!」
と叫んだ。首領「右足のない梟《ふくろう》」は帆村がひそんでいることに気がついたらしい。ではどうする?
帆村は咄嗟《とっさ》に決心を定《き》めた。彼は鉄格子に手をかけると、エイッと叫んでそれを外《はず》した。そして躊躇《ちゅうちょ》するところなく、両足から先に入れ、ズルズルと身体をぶらさげ、ヒラリと下の部屋に飛び下りた。無謀といえば無謀だったが、戦闘の妙諦《みょうたい》はまず敵の機先を制することにあった。それに帆村は既に空気管の中の模様を見極めているので、この上その中に潜入していることが彼のために利益をもたらすものではないという判断をつけていたからだった。
「ヤッ……」
帆村は四角い卓の死角を利用して、その蔭にとびこんだ。二人の敵はこの大胆な振舞に嚥《の》まれてしまって、ちょっと手を下す術《すべ》も知らないもののようだったが、帆村が隠れると同時に内ポケットから拳銃《ピストル》をスルリと抜いて、ポンポンと猛射を始めた。狭い室内はたちまち硝煙のために煙幕を張ったようになり、覘《ねら》う帆村の姿が何処にあるかを確かめかねた。
もちろん帆村はその機会を逃がしてはならぬと思った。
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