な出来ごとから、その年の十月、この怪計画に関係のある一部分が始めて我が官憲に知られるに至った。これがR事件の最初の一頁《ページ》なのであるが、それは白昼華やかな銀座街の鋪道《ほどう》の上で起った妙齢《みょうれい》の婦人の怪死事件から始まる。そして若《も》しその怪死事件の現場にかの有名な青年探偵|帆村荘六《ほむらそうろく》が居合わさなかったとしたら、これは舞台が華やかな銀座で演じられたというだけのことで結局|極《ご》く普通の死亡事件として見遁《みのが》されてしまったことであろう。一体帆村探偵は何を証拠として、その犯罪の裏にひそんでいた怪奇性を看破したのであろうか。実にそれはたった一個のマッチの箱からだったといえば、誰しも驚くにちがいない。筆者はこの辺で長い前置きを停《や》めて、まず白昼の銀座街を振り出しのR事件第一景について筆をすすめてゆこうと思う。
 それは爽《さわ》やかな秋晴れの日のことだった。詳しくいえば十月一日の午後三時ごろのことだったが、青年探偵帆村荘六は銀座の鋪道の上を、靴音も軽く歩いていた。丁度《ちょうど》彼は永い間かかった或る仕事を片づけた直後で、半《なか》ば興奮し、そして半ば退屈を覚えて、いつも愛用の細身の洋杖《ステッキ》をふりふり散歩をしていたのだった。
 鋪道の上で、彼にすれ交《か》う人たちは、いずれも若く、そして美しかった。男よりも、どっちかというと若い女性が多かった。溌溂《はつらつ》たる令嬢、麗《やさ》しい若奥様、四、五人づれで喋《しゃべ》ってゆく女学生、どこかで逢ったことのある女給、急ぎ足のダンサーなどと、どっちを向いても薔薇《ばら》の花園に踏みこんでいるような気がした。しかしよもやその日花園の中で彼女等のうちの一人が死んでゆくところを目撃しようとは考えていなかった。
 彼は銀座の四つ角を青信号の間に渡って、京橋の方に向って歩いているところだった。もう半丁《はんちょう》もゆけば喫茶ギボンがあるので、そこによって温い紅茶をのもうと思った。そして眼をあげてチラリとその方角を眺めた。丁度そのときだった。彼は一人の洋装の麗人が喫茶ギボンの飾窓《ショウインドウ》の前で立ち停《どま》ったままスローモーションの操《あやつ》り人形《にんぎょう》のように上体をフラリフラリと動かしているのを認めた。
「オヤ、どうしたんだろう?」
 きっと練兵場の近くの女のひと
前へ 次へ
全39ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング