から飛鳥のように逃げだした。
「……松さんは、居ないのかア。……」
 四郎は、また怒鳴ったが、どうやらそれはわざとらしかった。
「……へえい。松吉は居りますです」
 はだけた前から膝小僧の出ているやつを、一生懸命に隠そうとしながら、松吉は狼藉をつくした一間の真中に、声のする方を向いて畏《かしこ》まった。酔もなにも、一度に醒めてしまった恰好だった。
 そこへ北鳴四郎が、ヌッと這入《はい》ってきた。
「おい松さん。酒は仕事が済めばいくらでも呑ませる。それまでは呑むなといっといたじゃないか」
「へへい。……へえい。……」
 と、松吉はペコペコ頭を下げ続けた。
「……さあ、明朝から、いよいよ次の仕事だ。それについて話をしたいが、そんなに酔っていては、話どころの騒じゃない。……私は家に待っているから、醒めたところで直ぐ来い。いいか、今夜はいつまでも起きているからネ」
 そういうと、恐縮しきっている松吉を尻目にかけて、北鳴は宿の方へ帰っていった。
 それから小一時間経った後のこと、松吉はまだ少しフラフラする足を踏みしめながら、服装だけは一張羅の仕事着《しことぎ》をキチンと身につけて、恐る恐る北鳴の
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