に火が入ったな」
篠《しの》つく雨の中を、消防組の連中が刺子《さしこ》を頭からスポリと被ってバラバラと駈けだしてゆくのが、真青な電光のうちにアリアリと見えた。手押|喞筒《ポンプ》の車が、いまにも路《みち》の真中に引くりかえりそうに激しく動揺しながら、勢いよく通ってゆく。
……
「おう、火事は何処だア」
「勢町だア。稲田屋に落雷して、油に火がついたからかなわない。ドンドン近所へ拡がってゆく……」
「そうか、油に火が入ったのだと思った。蒸気|喞筒《ポンプ》はどうした」
「油に水をかけたって、どうなるものかアと騒いでいらあ。……」
それから暫《しばら》くたって、また別のニュースが町の隅々まで拡がっていった。
「稲田屋のお爺イとお婆アとが、焼け死んだとよオ。……」
「そうかい。やれまあ、気の毒に……。逃げられなかったんだろうか」
「逃げるもなにも、雷に撃たれたんだということだ。たとい生きていても、階下に置いてあった油に火がつけば、まるで生きながらの火葬みたいなものだ。どっちみち助からぬ生命《いのち》だ」
北鳴四郎が云った言葉が箴《いましめ》をなして、稲田老人夫婦は、悲惨なる運命のもとに頓
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