戸口からは、昔ながらの蚊遣《かや》りの煙が濛々《もうもう》とふきだしていた。
丁度その頃、一人の見慣れない紳士が、この町に入ってきた。その風体は、およそこの田舎町に似合わしからぬ立派なもので、パナマ帽を目深に被り、右手には太い藤《とう》の洋杖《ステッキ》をつき、左手には半ば開いた白扇を持ち、その扇面を顔のあたりに翳《かざ》して歩いていた。彼はなんとなく拘《かかわ》りのある足どりをして道の両側に立ち並ぶ家々の様子に、深い警戒を怠らないように見えた。
町は狭かった。だから彼は間もなく町外れに出てしまった。
闇の中に水田《みずた》は、白く光っていた。そしてそこら中から、仰々しい殿様蛙の鳴き声があがっていた。彼《か》の紳士は、ホッと溜息を漏らすと、帽子を脱いだ。稲田の上を渡ってくる涼しい夜風が紳士の熱した額を快く冷した。
「……思ったとおりだ。……今に見て居れ」
紳士は、町の方をふりかえると、低い声で独り言を云った。
彼は、恐ろしい殺人計画を、自分だけの胸中に秘めて、この比野の町へ入りこんできたのだった。紳士と殺人計画! 一体彼は何者なのであろうか?
折から、同じ道を、向うの方から
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