二個所、目障りな櫓を建てられ、なんとなく眩暈《めまい》のするような厭《いや》な気分が湧くという外《ほか》になかった。しかしそんな非礼な言葉を、この福の神に告白して、その御機嫌を損ずる気は毛頭《もうとう》なかったのである。
「あれは、赤外線写真でもって、活動写真を撮るためなんですよ」
「へえ活動ですか。……何の活動を……」
「それはつまり甲州山岳地方に雷が発生して近づいてくる様子を撮るのです。この写真機というのが私の発明でしてネ。従来の赤外線写真では出来ない活動を撮ります」
「ははア、雷さまのことだから、高い櫓が要るのですナ。しかし二本も櫓を建てたのはどういう訳ですか」
「櫓が二つあるというわけは……」と、北鳴四郎はちょっとドギマギした風に見えた。「それはつまり、相手が雷のことですから、櫓には避雷針を建てますが、いつ雷にやられるとも限らない。それで一方が壊されても、他の方が助かって、目的の活動が撮れるようにというわけです」
「なるほど。……して、その活動は誰が撮るのですか」
「それは私です。私只一人が、あの櫓にのぼって撮ります」
「ほほう、それは危い」
「ナニ大丈夫です。……私はネ」
そんな話の間に、雨は急に小やみになってきた。雲間がすこし明るく透いてきた。雲足は相変らず早く、閃光もときどきチカチカするが、雷鳴はだいぶん遠のいていった。どうやら今日の夕立は、比野の町をドンドン外《そ》れていったらしい。
そこへお手伝いが上って来て、下へ松吉が訪ねて来たという知らせだ。幸い雨は上ったことだし、北鳴四郎は辞去《じきょ》を決して、二階を下りていった。老人夫婦は残念そうに、その後について、送ってきた。
松吉は土間に突立っていた。
「北鳴の旦那。避雷針の荷が今つきました。ちょっと見て頂きとうござんす」
「そうか。荷は皆下ろしたかネ」
松吉は大きく肯いた。
北鳴は、土間に下りながら、そこに積まれた夥《おびただ》しい油の缶に目をつけた。
「ああ、これは危険だねエ。稲田さん、いつこんな油の商売を始めたんです」
「へへへへ。――これはもう二年になりますネ。東京から商人が来ましてネ。しきりにこの商売を薦めていったもんです。資本《もとで》はいらないから始めてみろ、商売がうまく行けば、信用だけでドンドン荷を送るというので、つい始めてみましたが、……たいへんよく気をつけてくれるので、まあそう儲りもしないが、損もしないという状態で……」
「これはサンエスの油ですネ。そして笹川扱いだ」
「ほう、よく御存知ですナ。……博士になる人は豪いものだ、何でも知ってなさる」
北鳴は、また気味のわるい笑みをニッと浮べて、稲田夫婦をふりかえった。
「こういう油類を扱っているのなら、屋根に避雷針をつけないじゃ危険ですよ。もし落雷すれば階下から猛烈な火事が起って、貴女がたは焼死しますぞ」
「ええ、そうだと申しますネ。娘夫婦も前からそれを云うのですが、そのうちに避雷針を建てることにしましょう」
「それがいいですよ。しかしこの松さんには頼まぬがいい。この人の避雷針は、肝心な避雷針と大地とを繋《つな》ぐ地線を忘れているから、さっきの火の見梯子の落雷事件のように、避雷針があっても落雷して、何にもならぬのです。私は、こんど建てたあの櫓の上に、理想的に立派な避雷針をたてるつもりですから、是非見にいらっしゃい」
稲田夫婦は、それをしきりに感謝していた。
「いいですネ。早く避雷針をお建てなさい」
と、北鳴は重ねて云った。
「北鳴の旦那の櫓の上に避雷針が建てば、この近所の家は、一緒に雷除けの恩を蒙《こうむ》るわけでしょうかネ」
北鳴には、松吉の質問が聞えたのか聞えなかったのか分らないがそれに応えないで、すっかり雨のあがった往来に出ていった。
5
それから二日後のことだった。
その日は、稀に見る蒸し暑い日だったが、午後四時ごろとなって、比野町はその夏で一番物凄い大雷雨の襲うところとなった。それは御坂《みさか》山脈のあたりから発生した上昇気流が、折からの高温に育《はぐく》まれた水蒸気を伴って奔騰《ほんとう》し、やがて入道雲の多量の水分を持ち切れなくなったときに俄かにドッと崩れはじめると見るや、物凄い電光を発して、山脈の屋根づたいに次第次第《しだいしだい》に東の方へ押し流れていったものだった。
ゴロゴロピシャン! と鳴るうちはまだよかった。やがて雷雲が全町を暗黒の裡《うち》に、ピッタリと閉じ籠めてしまうと、ピチピチピチドーン、ガラガラという奇異な音響に代り、呼吸《いき》もつがせぬ頻度をもって、落雷があとからあとへと続いた。
その最中、町では大騒ぎが起った。
「おう、火事だ。ひどい火勢だッ」
「これはたいへんだぞ。勢町の方らしいが、あの真黒な煙はどうだ。これは油
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