こうとするのを、人々はたって引留めた。そして口々に、彼の幸運話を聞かせてくれるようにと無心したのだった。
「私のことなら、別に不思議はありませんよ」と北鳴は云った。「避雷針を持っている者は、誰だって、ああいう風に平気で安全でいられますよ。但《ただ》し、これだけはハッキリ申して置きますが、避雷装置は完全でなければならないということです。先日、私はこの町で、恰好だけは仰々しく避雷針の形をして居り、その実、一向避雷針になっていない不完全避雷針を見ました。皆さん、本当の避雷装置というのは、あの尖《とん》がった長い針を屋根の上に載せて置くだけでは駄目です。あの針は、雷を引き寄せるだけの働きしか持っていないのです。あの針は、太い撚《よ》り銅線《あかせん》を結びつけ、その撚り銅線を長く下に垂らし、地面の下に埋め、なおその先に、一尺四方以上の大きな金属板をつけて置かなくちゃあ、避雷装置になりません。なぜって、その銅線は、針のところへ引き寄せた雷をそのまま素早く地中に流してやる通路なのです。つまり雷の正体は、電気なのですからね。その通路が完全に出来ていなければ、折角《せっかく》針に引き寄せた雷は、仕様ことなしに、柱や壁を伝わって地中へ逃げるから、それで柱や壁が燃えだしたり、その傍にいた人畜は電撃をうけて被害を蒙るのです。私の場合は、そういった避雷装置が完全に出来ていたので、櫓の上の四尺四方ほどの板敷の上に、平気の平左《へいざ》で雨に打たれていたというわけなんですよ。これで万事お分りでしょうネ」
聞いていた人々は、聞いている間だけは北鳴の話していることがよく分った。しかし彼の話が一旦終ってしまうと、なんだか模糊《もこ》としてきて、分ったような分らぬような気持になってきた。本当に分ったのは、小学校の先生と、そして年のゆかぬ中学生ばかりだったといってもよいくらいだった。
そのときだった。外から大きな花束を抱いて入って来た二人の男女があった。
「まあ皆さん、すみませんわネ。亡くなった両親のために、こんなにお集りいただいて……」
と、二十五、六にもなろうという楚々《そそ》として立ち姿の美しい婦人が挨拶をした。筆で描いたような半月形の眉の下に、赤く泣き腫れた瞼があって、云いは云ったが、その心の切なさをギュッと噛んだ可愛い唇に辛うじて持ち耐えているといった風情《ふぜい》だった。この女こそは噂
前へ
次へ
全22ページ中12ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング