西端《せいたん》まで、ゴーッと音をたてて横に動くのだった。
「おい、政《まさ》ッ!」わし[#「わし」に傍点]は、クレーンの運転手をやっている男を、人垣の中に呼んだ。
「へえ――」政は、紙のように、白い顔をして、おずおずと、前へ出てきた。
「クレーンが、真夜中に動き出すてのは、本当かな」
「わたしは、ナなんにも、存《ぞん》じませんです。しかし、クレーンのスウィッチは、必ず切って帰りますで、真夜中に、ヒョロヒョロ動き出すなんて、そんな妙なことが……」
 そこまで云った政は、発作《ほっさ》みたいな様子となり、言葉のあとをブツブツ口の中で呟《つぶや》いて、それから急に気がついたかのように、ワナワナ慄える両手を、周章《あわ》てて背後に隠したのだった。
「よォし。今夜は、一つ正体《しょうたい》を確かめてやろう。いいか、みんな夜中の十二時を廻ったら、裏門前に集るんだ!」


     2


 合宿所の、三階の、廊下を、パタパタと音をさせて、近づいてくる跫音《あしおと》があった。
「組長さん、おいでですか――」
 その跫音は、「舎監居間《しゃかんいま》」と書いた木札《きふだ》を、釘で打ちつけてあるわし[#「わし」に傍点]の室の入口の前で停るが早いか、そう、声をかけたのだった。
「おう。誰かい」
「栗原《くりはら》です。倉庫係《そうこがかり》の栗原ですて」
「栗原? 栗原が、なんの用だッ」
「へえ、ちょっと工場の用なんで……」
「なにッ。工場の用て、どんなことだか云ってみろ」
「へえ、実は――」栗原は、言い淀《よど》んでいる風だった。「先日《せんじつ》お持ちになりました乙型《おつがた》スウィッチが、急に入用になりましたんで、いただきに参ったんですが……」
「スウィッチなんか、明日にしろ」
「ところが生憎《あいにく》、工場で至急使うことになったんで、直ぐ持って行かないと困るんでして、実にその……」
「よォし、いま入口を開けるから、ちょっと待て」
 暫くして、わし[#「わし」に傍点]は、入口の扉《と》を、サッと開けた。
「どうも相済《あいす》みません」栗原は、わし[#「わし」に傍点]の顔を見るなり、ペコリと頭を下げた。
「お前、この間、そう云ったじゃねえか。このスウィッチは、当分《とうぶん》不用《ふよう》だから、いつまでもお使いなさい、とな」
「申訳がありませんです」栗原は、ひどく恐縮《きょうしゅく》している態《てい》で、ペコペコ頭を下げた。「組長さんは、スウィッチの図面を書きたいから御持ちになるというので、そんな簡単な御用ならと、栗原は帳簿に書かないで、御貸ししたんです。ところが、今急に、拡張《かくちょう》工事係の方から、在庫《ざいこ》になっている乙型《おつがた》スウィッチは全部数を揃えて出せという命令なんで。どうも已《や》むを得ず、ソノ……」
「文句はいいや。さア、早く持ってゆけ」
 わし[#「わし」に傍点]は、抱《かか》えていた乙型スウィッチを、彼の前に、さしだした。
 乙型スウィッチというのは、長さ一尺五寸、幅《はば》七寸の、細長い木箱《きばこ》に収められた大きなスウィッチで、硝子《ガラス》蓋を開くと、大理石《だいりせき》の底盤《ていばん》の上に幅の広い銅《どう》リボンでできた電気|断続用《だんぞくよう》の刃《は》がテカテカ光り、エボナイト製の、しっかりした把手《ハンドル》がついていた。このスウィッチ一つで、鳥渡《ちょっと》したモートルの開閉は充分できるのであった。
「栗原さん、俺が持ってゆくよ」
 横の方から、思いがけない、違った声がして、頭髪《かみのけ》をモシャモシャにした若い男が、姿を現した。
「だッ、誰だ。手前《てめえ》は……」
 わし[#「わし」に傍点]は、戸口の蔭から、イキナリ飛び出した男に、駭《おどろ》いた。
「こいつは、横瀬《よこせ》といいましてネ」若い男の代りに栗原が弁解した。「この栗原の遠縁《とおえん》のものです」
「何故ひっぱってきたんだ」
「いまお願いして、倉庫で、私の下を働かせて、いただいてるのです。というのは、下町《したまち》の薬種屋《やくしゅや》で働いていたのが、馘首《くび》になりましてナ、栗原のところへ、転《ころが》りこんできたのです」
「ふウん、お前さん、薬屋かア」
 珍らしそうに、スウィッチの表や裏を、眺めている若い男に、わし[#「わし」に傍点]は、声をかけた。
「薬屋だったんです」その横瀬は、ぶっきら棒の返事をした。
「どうだろうな。わし[#「わし」に傍点]は、お前さんに、ちょっと頼みたいことがあるんだが」
「骨の折れねえことなら、手伝いますよ」
「これッ――」栗原が駭《おどろ》いて、横瀬の汚い職工服を、ひっぱった。
「骨は折れねえことだ。じゃ、栗原、お前の若い衆を、ちょいと借りたぜ」
「へえ、ようが
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