《スピード》を落として、(残念ながら、追いつけなくて、若い男を殺してしまった!)と云いわけするのかと思っていたが、見ていると、どうやら、そうではない。いや、それは、鬼のように恐ろしい計画だった。旦那どのの考えは若い男が一旦飛び込んで、熱鉛《ねつえん》のため赤《あか》爛れに爛《ただ》れたところで若い男の死骸をひっぱり出すことにあった。俺は旦那どのが、梯子の上で嬉しそうに笑っているのに感付いた唯一《ゆいいつ》の人間だったかも知れない。若い男は、彼の手を離れて、コンクリートの床の上に叩きつけられたが、二た眼と見られた態《ざま》じゃなかった。旦那どのは、別に咎《とが》められもしなかった」
「面白い話だなァ、若《わ》けえの」わし[#「わし」に傍点]は、静かに云った。「だが一つ腑《ふ》に落ちねえことがあるから尋ねるが、探険隊が工場の暗闇の中にいたとき、クレーンが轟々《ごうごう》と動いた。直ぐ灯《あかり》をつけたが、下のスウィッチは外《はず》れていた。いくら其の悪人が器用でも、電気なしで、あのクレーンは動かせないだろうぜ」
「そんなトリックに気がつかない俺ではないよ。その旦那どのは、クレーンを動かすスウィッチと、同じ型の、ソレ乙型《おつがた》スウィッチよ、あれを工場の栗原さんから借りて、暗闇で音をたてずスウィッチの開閉をすることを練習したんだ」
「出鱈目《でたらめ》を云うな」
「出鱈目ではない。では、証拠を出そうかね。その旦那どのは、工場の入口と、スウィッチまでの距離と、その取付けの高さとを正確に測って来て、この舎監居間の前の廊下に、それと同じ遠近《えんきん》に、借りて来たスウィッチをひっかけ、真夜中になると、暗闇の中で、練習をしたのだ。嘘と思うなら、舎監居間の戸口から六間先き、廊下から六尺の高さのところに、二本の釘跡《くぎあと》があるが、その寸法と、工場のスウィッチの位置とを較べて見ねえ。ぴったりと同じことだ。それから二本の釘の距離は、その旦那どのが借りていたスウィッチの二つの孔《あな》の間隔《かんかく》と同じことだが、実はそのスウィッチは製作の際に間違えて、孔の間隔を広くしすぎたので、この廊下の釘の距離も、普通のスウィッチには見られない特別の間隔《かんかく》になっている筈《はず》だ。ここらも、宿命的《しゅくめいてき》な証拠といえば言えるだろう。ウン、ぎゃーッ」
 わし[#「わし」に傍点]の手には、お喋《しゃべ》り探偵の脳天《のうてん》を叩き破ったハンマーが、血にまみれて、握られていた。それは、彼氏がお喋りに夢中になっている間に、卓子《テーブル》の蔭から、コッソリ取出したものだった。だが、此《こ》の男を殺してしまったお蔭で、隠忍《いんにん》十年、殺人癖《さつじんへき》から遠去かっていた此《こ》のわし[#「わし」に傍点]の身体には、久しく眠っていた悪血《あくけつ》が、一時に飢《う》えに目覚めて、湧《わ》きあがってきたようだ。わし[#「わし」に傍点]の名か? 「片眼の岩《いわ》」と云やァ、ちっとは人に知られた吾儘者《わがままもの》だなア。



底本:「海野十三全集 第2巻 俘囚」三一書房
   1991(平成3)年2月28日第1版第1刷発行
初出:「新青年」
   1932(昭和7)年8月号
※底本の「c.c.」は「※[#全角CC、1−13−53]」で入力しました。
※「わし達の周《まわ》りには、」の「わし」にのみ、傍点がないのは底本通りです。
入力:tatsuki
校正:花田泰治郎
2005年5月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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