んた》、友三《ともぞう》、雲的《うんてき》」
「そうだ、そうだ」
「もっとも、人間一人で動くようなクレーンじゃない」
「ああ、すると誰が動かしたんだ」
「組長さん。もう我慢が出来なくなった。どうか、ここから出して下せえ」
「俺も、出るッ」
「いや、出ることならぬ」わし[#「わし」に傍点]は呶鳴《どな》った。「クレーンを動かした者が、判らぬ限り」
「組長さん、そりゃ無理だよ」源太が泣き声を出した。「ありゃ、生きてる人間のせいじゃないんだ」
「なんだとォ――」
「あのクレーンには、何か怨霊《おんりょう》が憑《つ》いていて、そいつがクレーンの上で、泣いたり、クレーンを動かしたりするんだ」
「ああッ――」
それを聞くと、誰もが、痛いところへ触《さわ》られたように、跳《と》び上って駭《おどろ》いた。
「おお、組長」雲的《うんてき》が云った。「誰かが、外で喚いているようですぜ」
「なに、外で喚いているッ」わし[#「わし」に傍点]は、予期しないことに吃驚《びっくり》して云った。なるほど、多勢の声で、何やら喚いているのが、遥《はる》かに聞こえるのであった。「じゃ、みんな、外へ出よう」
一同は、ワッといって、入口の扉《と》の方へ、先を争って駆けだした。ガラガラと、重い鉄扉《てっぴ》が、遠慮会釈《えんりょえしゃく》なく、引き開けられる物音がした。
「おう、組長、大変だア」疳高《かんだか》い声で叫ぶものがある。
わし[#「わし」に傍点]は、ギクリとした。
「組長」わし[#「わし」に傍点]の胸倉《むなぐら》に縋《すが》りついたのは、電纜工場《ケーブルこうじょう》の伍長《ごちょう》をしている男だった。「おせいさんが、大変だッ」
「なに、おせいが、一体どうしたというんだ」
「おせいさんが――」伍長は、苦しそうに言い澱《よど》んだ。「おせいさんが、熔融炉《キューポラ》へ、真逆《まっさかさま》に、飛びこんでしまった」
「熔融炉へ、飛びこんだ、というのかッ」
わし[#「わし」に傍点]は、それを聞くなり、おせいの働いていた電纜工場めがけて、矢のように駆け出した。
わし[#「わし」に傍点]のあとには、組下のものや、惨事《さんじ》を報《しら》せに来た連中が、バタバタと追いついて来るのであった。
電纜工場の入口を一歩入ると、凄惨《せいさん》極《きわ》まりなき事件の、息詰まるような雰囲気《ふんいき》が、感ぜられるのだった。皎々《こうこう》たる水銀灯の光の下で仕事をする人々は、技師といわず、職工といわず、場内の一隅《いちぐう》に据えられた、高さ五十尺の太い熔融炉《キューポラ》の周囲《まわり》を取巻いて、一斉に上を見上げていた。熔融炉の側には、松の樹を仆《たお》したような大電纜《だいケーブル》が、長々と横《よこ》わっていたが、これは忘れられたように誰一人ついているものは無かった。
「駄目だァ、何にも見《め》えねえ」
「着物の端も、残っていねえよ」
そんなことを叫びながら、熔融炉の頂上に昇っていたらしい男工《だんこう》達が、悲痛な面持をして降りて来た。白い手術着を着て駈けつけた医務部《いむぶ》の連中も、形のない怪我人《けがにん》に対して、策の施《ほどこ》しようも無く、皆と一緒に、まごまごしているだけだった。
「どうも、お気の毒でしたが」工場長が、わし[#「わし」に傍点]の傍へ近づくと、興奮した語調で云った。「気がついたときは、おせいさんが、もう熔融炉《キューポラ》の、殆んど頂上まで、昇っていたんです。でも、それと気がついて、(停めろ、下りろ)と、下から叫びましたが、何も聞えない風で、アレヨ、アレヨと云っているうちに、火焔《かえん》の中へ飛びこまれたようなわけで……」
わし[#「わし」に傍点]は、云うべき言葉もなかった。
「おせいさんは、覚悟の自殺を、やったらしいですよ。どうした訳か判りませんが」この工場の組長が、続いて口を挟《はさ》んだ。
そこへ、ドヤドヤと皆《みんな》を掻《か》きわけて、前へ、飛び出した者があった。
「ああ、死んじまった。おせいさん、俺を残して、何故死んでしまったのだ」
気が変になったように喚いているのは、クレーン係の政だった。
「オイ、政。どこへ行くんだ」政に追い縋《すが》っているのは、雲的《うんてき》や源太だった。
「おお、おせいちゃん。おれも、直ぐ行くよォ――」
「おい、待てと云ったら」
政は、恐ろしい力を出して、源太を投げとばすと、呀《あ》ッという間に、熔融炉《キューポラ》の梯子の上へ、ヒラリと飛び上った。
工場の人々は、まだ生々《なまなま》しい惨事のあとに続いて、どんなことが起ろうとしているかを、早くも悟《さと》って、戦慄《せんりつ》の悲鳴をあげた。
「早く、あの男を捉《つかま》えろ!」
「引ずり下ろせ、あいつは死ぬつもりだ
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