くは、何にも音がしねえ。(空耳《そらみみ》かな?)と思って、歩きだそうとすると、そこへ、キーイッとな、又聞えたじゃねえか。物音のする場所は、たしかに判った。第九工場の内部からだッ。(何の音だろう? 夜業《やぎょう》をやってんのかな)そう思ったのであっし[#「あっし」に傍点]は、顔をあげて、硝子《ガラス》の貼ってある工場の高窓を見上げたんだが、内部は真暗《まっくら》と見えて、なんの光もうつらない。(こりゃ、変だ!)俄《にわか》に背筋が、ゾクゾクと寒くなってきた。そこへ又その怪しい物音が……。恐《こわ》いとなると、尚《なお》聴きたい。重い鉄扉《てっぴ》に耳朶《みみたぶ》をおっつけて、あっし[#「あっし」に傍点]ァ、たしかに聴いた。キーイッ、カンカンカン、硬い金属が、軋《きし》み合い、噛み合うような、鋭い悲鳴だった」
「大方、工場に、鼠《ねずみ》が暴れてるんだろう」わし[#「わし」に傍点]は、不機嫌に云い放った。
「どうして、組長!」雲的《うんてき》はハッキリ軽蔑《けいべつ》の色を見せて、叫びかえした。「あっし[#「あっし」に傍点]にァ、あの物音が、どこから起るのか、ちゃんと見当がついてるのでサ」
「ンじゃ、早く喋《しゃべ》れッてことよ」
「こう、みんなも聴けよ」彼は、周囲《まわり》の南瓜面《かぼちゃづら》を、ずーッと睨《ね》めまわした。「ありゃナ、クレーンが、動いている音さ!」
「なに、クレーンが※[#感嘆符疑問符、1−8−78]」
一同が、思わず声を合わせて、叫んだ。
クレーンというのは、格納庫《かくのうこ》のように巨大な、あの第九工場の内部へ入って、高さが百尺近い天井を見上げると判るのだが、そこには逞《たくま》しい鉄骨で組立てられた大きな橋梁《きょうりょう》のような形の起重車《きじゅうしゃ》が、南北の方向に渡しかけられている。それが、クレーンだった。その橋梁の下には、重い物体をひっかける化物《ばけもの》のようにでっかい[#「でっかい」に傍点]鈎《かぎ》が、太い撚《よ》り鋼線《ロープ》で吊《つ》ってあり、また橋梁の一隅《いちぐう》には、鉄板《てっぱん》で囲った小屋が載《の》っていて、その中には、このクレーンを動かすモートルと其の制動機とが据《す》えてあった。制動機を動かすと、この鉄橋は、あたかも川の中で箸《はし》を横に流すように、広い第九工場の東端《とうたん》から
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