密林荘の前に出るわけです。ここはいわゆる××の原始林といわれています。ものの半町と見通しがきかない位曲っています。そこへ入ると夏でもひやりと寒くなります」
「避暑には持って来いの場所ですね」
「ええ、ですから彼を誘ったわけです。たしかに彼は日増しに元気づきました。丁度三日目の朝のこと、僕たちは山荘を一緒に出て、羊腸《ようちょう》の小径を湖岸へ抜け、そこで右へ行き、小瀬川を少し川上へ歩いたところで釣を始めました。ところが僕の針にはかなり獲物が引懸りましたが、熊井君の方はさっぱり駄目です。そこで彼は場所を換えるといい出しました。僕はそこを動くことには不賛成でしたから、二人は別れることになり、昼飯前には山荘へ戻ることを申合わせました。彼は元の道を引返し、湖岸の左の方へ行った釣場所へ糸を下ろすのだといっていました」
「ああ、そう。それで……」
「僕はそこでずっと釣りをつづけました。獲物もかなり溜ったので、十一時にもう見切りをつけ、その場所を放れて帰途についたのです。で、山荘の近くまで来たとき、僕は急に何だか胸騒ぎがしてきたので、山荘の十間ほど手前から駆け出して、家へ飛込みました。玄関の戸を開いて中へ足を踏み込みますと、さあたいへん、僕は彼より五分間後れて帰ったばかりに一大事突発です。熊井君は床の上に倒れて死んでいたのです。顔色は変り、心臓は停っていました。とうとう彼はやったのです、自殺を……。全く残念でした」と、柴谷は目をしばたたき「自殺の手段は、すぐ分りました。卓子《テーブル》の上に、飲みのこしのウィスキーの壜があり、その横に空になったコップがありましたが、ぷーんと強く杏仁《あんにん》の匂いがしていました。彼は青酸加里を用いたのです。もうちょっと僕が早く戻って来れば、こんなことを彼にさせずに済んだものを。全く残念でたまりません」
「よく分りました。で、その日、誰か来客がありましたか」
「いいえ、ありません。二日間というものは、誰も来なかったです」
「その死んだ熊井君は煙草をすいましたか」
「いや、彼は全く煙草をやりません」
「なるほど。それから、貴方が山荘へ戻られたとき、玄関の扉は空いていましたか、それとも閉っていましたか」
「ええと、たしかに閉っていました」
「部屋の窓はどうでしたか」
「部屋の窓も全部閉っていました」
「ああ、そうですか。そこで柴谷さん」と旗田警部はち
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