あ、他の者!』こんどは坊丸《ぼうまる》が、『お殿さま、四十二本でござります』『ああそんな不吉の数じゃない。駄目駄目、さあ、お次』と、だんだん小姓たちに答えさせてみるが、一人として、これを当てるものがない。すると、残ったのが、森蘭丸、只一人じゃ。『蘭丸、お前はさっきから、黙っているが、あとはお前一人じゃ、早くこの脇差のつかをまいてある紐の本数をこたえろ』と信長の御催促《ごさいそく》があった。そのとき森蘭丸は、へへッと頭を下げ、『わたくしは、その答を仕《つかまつ》りません』という。信長、声をあららげ、『答えぬとは、無礼者。なぜに答えぬ。そちはこの脇差が欲しゅうないか』蘭丸つづいて平身低頭《へいしんていとう》いたし『おそれながら、申上げます。御脇差は、欲しゅうござれど、私はお答えいたしませぬ』『なぜじゃ、わけをいえ』『はい私は、その紐の本数を、存じ居《お》ります。実を申せば、お殿さま、厠《かわや》に入《い》らせられましたとき、私はお出を待つ間に、紐の本数を数え置きました。されば、私は存じ居《い》るがゆえに、お答えすることをば憚《はばか》ります』蘭丸は、仔細《しさい》を物語って、平伏《へいふく
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