をもっているのに不思議はない筈《はず》ではありませんか。毒物のことは存じません。松山が死ねばよいと思うかとおっしゃるのですか、それは私にとって悪くないことですわ。どんないい男にだって、お金で買われてゆくのでは厭《いや》です。併《しか》し、わたしは松山さんを殺した覚《おぼ》えなんかございません」
調べついでに園部を呼んできいてみた。徹頭徹尾《てっとうてつび》、彼は知らないと答えた。みどりが脱脂綿を持っていたと白状したがお前は知っているかと訊いたところ、彼は「それは嘘だ」と言って強く否定した。訊いてみると彼は月経というものについての知識にさえ乏しい少年であることが判って警部はおかしそうに笑い崩《くず》れた。星尾が脱脂綿を持っていたのを知らぬかと訊《き》いたが、これも「知らぬ」と言った。
すると附添っていた刑事が口を出した。
「この人は、星尾が綿を捨てたところを見て注意して呉れたんです。実は、私はこの人を捕えに行ったのですが、とうとう見当らず、空手《からて》で帰って来ました。ところが星尾をさがしに行った本田刑事は、星尾とこの人とが一緒に暗い田舎道を歩いていたところを発見して連れてかえったのですが、その途中、星尾が捨てたところを注意してくれたんだと云ってました」
その刑事が呼びだされて、それに違いないと答え、尚《なお》、あとで報告するつもりであったが園部の懐中から、こんなものを発見したといって、長さが五六寸もあるニッケルの文鎮《ぶんちん》を提出した。園部の弁明によると、それはB駅を下りたところで店をしまいかけた夜店《よみせ》の商人から買ったのだという。
「何故、君はB駅で降りないで、一つ手前のA駅で降りたのですか」と帆村がこの時、横合いからきいてみた。
「あの晩はいやな気持になったので、星尾君とすこし歩いてみるつもりだったのです」と歯切れのよい言葉で園部は答えた。
次に念のため麻雀ガールの豊乃が訊問《じんもん》をうけることになった。いろいろと訊いているうちに豊乃は、とうとう泣き出してしまったが、最後にのべたことは、係り官の頭脳を滅茶苦茶にかき乱してしまった。
「わたしは、星尾さんがみどりさんの袂から綿を盗んだのをみました。わたしは、口惜しかったので、星尾さんの背後《うしろ》にまわって、その綿を盗んでやりました。その綿はクルクルに丸めて屑籠に捨ててしまいましたけれど、探せば見付かるでしょう」
その脱脂綿《だっしめん》は果して屑籠の中にあった。
しかしそれでは脱脂綿について、星尾に対する嫌疑は、みどりのところから逆戻りの形になった。みどりから盗んだ綿は、星尾の手に入り、それから豊乃の手にうつったものとすれば、星尾が田舎道に捨てた毒物の附着している綿はどこから彼が持って来たのであろうか、彼自身が始めから持っていたものと解釈するより外ない。園部が捨てたのではないことは、星尾がその綿を所持していたことを自白している。しかし星尾は豊乃に奪取《だっしゅ》されたことを知らないらしい。
今や、事件の焦点は脱脂綿の出所《でどころ》にあつめられた。みどりの用意していた綿の外に、どこからか星尾が持って来た毒物の附着した綿があるのである。しかし、それの出所《でどころ》を確かめる鍵《キー》は、どこにも見当らなかった。随《したが》って松山殺しの犯人は星尾を最も有力とし、川丘みどりを第二とし、園部を第三とし、豊乃は多分犯人ではあるまいと思われるが、一応第四としてみたが、さてこれぞと思う有力な証拠もあがらなかった。事件は文字どおり迷宮《めいきゅう》へ入ってしまったのである。
5
其夜《そのよ》、帆村探偵は、彼の研究室に閉《と》じ籠《こも》って、事件の最初から今日の調べのところまで幾度となく、復習をしてみた。考えてみると、星尾とみどりの嫌疑の濃厚なのに比べて、園部については殆んど考えることがなかった。しかし、それは本当になにも疑うべき点が無《な》いのであろうかと、帆村探偵は一時、仮装殺人を園部の上にうつして考え直してみた。
的確なる証拠というものはなかったけれども、疑えば(一)園部が湯呑み茶碗をわざと倒されやすい場所に出して置いたと考えられること。(二)みどりが気分が悪いと云ったときに彼が非常に狼狽《ろうばい》したのは、彼が牌《こま》に塗りつけた毒物がみどりを犯したのではないかと危《あやぶ》んだせいではあるまいか。(三)園部の座席は一番隅で毒物を塗ったり、あとで毒物を脱脂綿で拭《ぬぐ》ったりするのを秘密にやりやすいこと。(四)星尾が脱脂綿を落したことを園部が刑事に教えたのは、他のことについては口を緘《かん》して語らない彼としては、不審な行動と思われないこともないこと。(五)園部が、わざと星尾と同じ駅に下車し、しかも人殺しの兇器になりそ
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