つくと彼は階上にとってかえして、松山達が使っていた麻雀|卓子《テーブル》について綿密な取調べをしてみた。松山の坐っていた場所については特に注意を払い、布をひっぱったり、鋲《びょう》をはずしたり、刷毛《はけ》で埃《ほこり》をあつめて紙包をいくつも作ったりした。それから彼は卓子《テーブル》の下へ潜《くぐ》りこむと床に顔を押しつけんばかりにしてあちこち調べていたが、吸取紙《すいとりがみ》を四つに切って、四人の足の下と思われるあたりの床の上に、吸取紙《すいとりがみ》をジッと押しつけ、何物かを吸いとるようにみえたが、これも又別々の紙包にして鉛筆で記号をつけた。彼は卓子の下から出ようとして、不図《ふと》、みどりと松山の境界線にあたる卓脚《ていきゃく》の蔭に落ちていた針のない鋲の頭を見付けた。彼は注意深くピンセットでそれを拾い上げた。
 それがすむと、帆村探偵は、牌《こま》を一個一個とりあげては、仔細《しさい》に観察していた。
 そこへ判検事や捜査課の一行が到着したので牌の調べは一応やめて、一行を案内して屍体のある室へ行った。早速、警察医の手で診察がおこなわれた結果、中毒死であることが明瞭《めいりょう》となった。絶命してから、まだ一時間と経っていないことは、屍体の腋下《えきか》にのこる生《な》ま温い体温や、帆村の参考談から、証明された。しかしどんな毒物が用いられたか、又毒物がどこから入ったかは、屍体解剖の上ならでは判らないとのことであった。帆村は拇指《ぼし》の腹にある傷跡について一応係官の注意をうながしておいた。
 麻雀卓子の辺《あたり》も、捜査が行われたが、それは帆村探偵のやったほど綿密なものではなかったのであった。
 そこでいよいよ松山虎夫変死事件の詮議《せんぎ》がはじまることとなった。帆村探偵は、松山たちの動静《どうせい》につき、その夜見ていたままを、雁金《かりがね》検事と、河口《かわぐち》捜査課長とに説明した。それはこの物語の最初にのべたとおりのことであったが、彼、帆村探偵が見遁《みのが》した事実もかなり多い筈であると附け加えることを忘れなかった。
 いろいろ意見が出たうちで、松山は自殺したものでないという点では、誰もが一致した。彼は自殺をするような性格でもなかったし、そのポケットから遺書らしいものはすこしも発見されなかったし、彼の銀行預金帳には多額の預金があったし、それに二通の手紙があって、一通は、みどりの弟たちからのもので明日の水泳大会を見るために兄さん[#「兄さん」に傍点]がおっしゃるとおり十時半|神宮外苑《じんぐうがいえん》の入口へ行っていると書いてあり、今一つはみどりの父からの手紙で、例によって子供たちの学資補助を仰いで恐縮《きょうしゅく》であるという礼状が金五十円也という仮領収証と共に入っていた。こんなにコンディションのよい彼が自殺するとは考えられなかった。尚《なお》そのことは、彼の机を調べ、彼の屍体を解剖した上で、更にハッキリ確められる筈であった。
 それでは、松山虎夫は他人から殺害せられたものと仮りに定《き》めるとすると、一体誰が彼に毒物を盛ったのであるか、前後の事情を考えると、第一に疑いのかかるのは、その麻雀仲間の三人である。しかし三人について、これぞと思う証拠は係官の手に入ってはいなかった。
 雁金検事が、こう云った。
「おかしいと云えば、川丘みどりが、死んだ松山と前後して、気持がわるくなった点だね。それに松山のポケットから出て来た手紙によると、松山は川丘みどりに対して、大分優越権をもっているらしいが、この二つの事実は反対の意味を持っているように思うんだが……」
「私にも二人の関係がハッキリしない」と河口警部が云った。「麻雀ガールにちょいと訊《き》いてみましょう」
 豊乃が呼び出されて、例の仲間について知っていることを全部のべよと命令された。それは大体、帆村が前に述べたところと大差はなかったが、その外《ほか》にこんなことを云った。
「松山さんは、みどりさんのお家に沢山の補助をしているんですって。それは何でも松山さんのところへ、みどりさんがお嫁にゆくという話合いが、松山さんとみどりさんのお父様の間についているそうです。しかし、みどりさんは松山さんが余り好きではないらしいのです」
「じゃ、みどりさんは、誰が好きなんだね」
 と河口警部が尋ずねた。
「さあ、それは……」と彼女は明かに当惑《とうわく》している様子で口籠《くちごも》ったが、「誰なんですか、よく存じません」と答えた。
 帆村探偵は、豊乃が口籠《くちごも》った事情に見当がつくように思った。彼女はみどりが豊乃と同じく星尾助教授に多分の好意をよせていることを知っているのであろう。
「その話は誰から訊いたのかい」と検事が口を出した。
「園部さんがそう云いました。園部
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