だ。今それをお目にかけよう。さあ、両傍《りょうわき》へ分れてください」
 そういうと、金博士は車のついた大きな電気メスをもちだして、甲板《かんぱん》に当てた。すると甲板は火花を散らし、黒い煙をたてながら、まるで庖丁《ほうちょう》でカステラを切るように剪《き》れた。博士はメスを置いて、こんどは高圧ブラストで、甲板の破片を海中へ吹きとばした。すると甲板の大きく切られた断面が人々の目の前に現れた。
「これ御覧。すてきに厚い最良質《さいりょうしつ》のゴムの蒲団《ふとん》みたいなものじゃ。爆弾が上から落ちる。するとゴムの蒲団にもぐる。その間に爆弾の方向が鋼鉄《こうてつ》の艦体に平行に曲る。そしてそのまま走るから、鋼鉄の艦体の外側をぐるっと廻って艦底に出て、そこでゴム底を突き破って、爆弾は水中へどぼんと通り抜ける。な、分るでしょうがな」
 金博士は、大統領の顔を見る。大統領は大きく肯《うなず》き、傍にいる建艦《けんかん》委員の誰かの腕をつかんでゆすぶり、
「おい、君たちにも分るだろうな。よく覚えておくんだぞ。後でこのとおり作るのだから……」
「はい、大統領閣下」
「そこでこの爆弾の通過時間の長さじゃが、もちろん時限以内のすこぶる短時間で艦外へ抜け出るようになっていること、それからこのゴムは爆弾で初めに穴は明《あ》くが、爆弾が通り抜けると直ちに収縮《しゅうしゅく》して穴をふさぐから水を吸い込む余裕のないこと、この二点についてわしはちょっと苦心をしたよ」
 博士は、かすかに溜息《ためいき》をついた。大統領閣下は、嵐のような長大息《ちょうたいそく》をした。
「舷側《げんそく》を狙う砲弾や魚雷も、同じことに、ゴム蒲団の中でぐるっと方向をかえて、鋼鉄の艦体の外をぐるっと廻って、艦底から海底へ落ちる。今舷側を切って見せてやるよ」
 おどろいた構造の軍艦である。瞠目《どうもく》するアメリカ人を尻目に、博士は、こんどは電気メスをとって、舷側をぴちぴちごしごしと切り始めた。
 舷側は、張板《はりいた》が二つに割れるように見事に切れた。しかし、あまり切れすぎて、吃水《きっすい》以下まで裂《さ》けてしまったものだから、待っていましたとばかり海水がどんどん艦内へ突入してくる有様だった。
「いや、そんなものに愕かなくてもよろしい。これ、わしの大事な説明を聞くんだ、ルーズベルト君」
「そうだ。ここが重要な個所だ。建艦委員、よく見、よく聞け」
「これがすなわち、さっき話をしたように……」
 と、博士の説明が始まったが、轟々《ごうごう》たる浸水《しんすい》の音がとかく邪魔をしていけない。博士はそれにお構いなく喋《しゃべ》りつづける。
 一応の説明がすんだ。
 大統領はもちろん、幕僚も建艦委員も共に金博士の智力《ちりょく》の下に慴伏《しょうふく》した感があった。
「うむ、大したものだ。これを真似《まね》て、早速百隻の不沈軍艦をつくれば、日本海軍に太刀打《たちうち》出来ないこともあるまい」
「どうだ、気に入ったかね、ルーズ君」
「いや、大気《おおき》に入りだ。余《よ》は金博士を今日只今、名誉大統領に推薦することを全世界に宣言する」
「大きなことをいうな」
「そして金博士に贈るに、ナイアガラ瀑布一帯の……いや、瀑布のように水が入ってくるわい。おや、艦《ふね》がひどく傾いて沈下《ちんか》してきたが、まさかこの不沈軍艦が沈むのではあるまいな」
「この見本軍艦の用もすんだから、わしはもうこの辺で沈めて置こうと思うのじゃ。さあルーズベルト君。ぐずぐずしていると、艦《ふね》もろとも沈んでしまうよ。いそいで本艦を退去したまえ」
「え、それはたいへん。おい急ぎ引揚げろ。して、金博士、君は」
「わしのことは心配するな。艦載機《かんさいき》にのって引揚げる。すっかり自動式のこのホノルル号に、水兵一人乗っていないから、わしが引揚げさえすれば、それでよいのじゃ。さらば、さらば」


     7


 大統領は命からがら沈みつつある不沈軍艦ホノルル号を退艦《たいかん》した。
 後がワシントンに帰ってきたときは、出かけるときとはちがって、大した上機嫌《じょうきげん》であった。
「さあ、余は百隻の不沈軍艦を、これから一年間のうちに所有することになるぞ。早速《さっそく》建艦命令|教書《きょうしょ》を書くことにしよう。おおヤーネルか、すばらしいじゃないか。再生のわが不沈艦隊は……」
「しかし……」とヤーネルは、不審《ふしん》の様子で、大統領のよろこぶ顔を見上げていう。
「不沈軍艦建造案は、たいへんよろしいですが、大統領閣下、それに使うゴムはどこから手に入れるのでございましょうか」
「なにゴム? ゴムは蘭印《らんいん》マレイから……いや失敗《しま》った」
 とたんに大統領は、蒼白《そうはく》になって、椅子の
前へ 次へ
全8ページ中7ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
海野 十三 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング