わしは正直者じゃ。やったことはやったというが、いくら訊《き》いても、やらんことはやらぬわい。これ、もう我慢《がまん》が出来ぬぞ、この殺人訪問者め!」
 大喝一声《だいかついっせい》、金博士は相手の頤《あご》をぐわーンと一撃やっつけた。とたんにあたりは大洪水《だいこうずい》となったという暁の珍事《ちんじ》であった。
 というようなわけで、あれ以来博士は、あられもない濡衣《ぬれぎぬ》をきせられて、しきりにくすぐったがっている。かの十二月八日の博士の日記には、いつもの大記載《だいきさい》とは異《ことな》り、わずかに次の一行が赤インキで書き綴《つづ》られているだけであった。もって博士の驚愕《きょうがく》を知るべし。
“流石儂亦顔負也矣! 九排日本軍将兵先生哉!”
 とにかく愕《おどろ》いたのは金博士ばかりではない。全世界の全人間が愕いた。殊に最もひどい感動をうけたものは、各国参謀軍人であった。あの超電撃的地球儀的|広汎《こうはん》大作戦が、真実《しんじつ》に日本軍の手によって行われたその恐るべき大現実に、爆風的圧倒を憶《おぼ》えない者は一人もなかった。
(いや、今までの自分たちの頭脳は、あのような現実が存在し得ることを感受するの能力がなかったのだ。今にしてはっきり知る、自分たちの頭脳は揃いも揃って発育不全であったことを! ああ情けなや)
 と、彼らの多くは、それ以来すっかり気力を失って、右向け右の号令一つ、満足にかけられないという始末《しまつ》であった。
 その後一ヶ月を経《へ》て、彼らはようやく正気《しょうき》らしいものに立ち帰ったようである。その証拠には、あれから一ヶ月程してから、彼らはしきりに忙《いそが》しそうに仕事を始めたことを以て窺《うかが》うことが出来る。
 但しその仕事というのが、ちと奇抜すぎはしないかと思われる種類のものであった。彼らは、どこから手に入れたか、机上《きじょう》に夥《おびただ》しい文献を積み上げて、一々それを熱心に読み且《か》つ研究を始めたのであった。
 その文献なるものを、ちょいと覗《のぞ》いてみると、曰《いわ》く「世界お伽噺《とぎばなし》、法螺《ほら》博士物語」、曰く「カミ先生|奇譚集《きたんしゅう》」、曰く「特許局|編纂《へんさん》――永久運動発明記録全」、曰く「ジーメンス研究所|誇大妄想班《こだいもうそうはん》報告書第一|輯《しゅう》乃
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