教誨師とが静々と入って来た。
「ああ、話の途中でしょうが……」と看守長が声をかけた。「もう刑の執行の時刻になりましたので、友枝さんは御退室をねがいたい」
 友人はぎくりとして、椅子から立った。そして一行の方を睨《にら》みつけながら、私の背中を抱えるようにして云った。
「君、恐れちゃいけないよ。誰がなんといっても、いまお互の立っている空間は夢の中なんだ。これから君は絞首台に登るのだろうけれど。それで生命を本当に失うんだなんて誤解してはいけないよ。結局、夢の中で死刑になるところを見ているわけなんだからね。恐れることなんか、少しもありはしない。……では、あまり気もちがわるかったら、早く夢から覚めたまえ。君は間もなく温かいベッドの上で眼を覚ますことだろう。隣りの部屋では、君の子供さんたちが、もう受信機のスイッチをひねってラジオ体操の音楽を鳴らしているのが聞えてくるだろうよ。あまり恐ろしい夢のことなんか、ベッドの上で考え続けていないように。早く飛び起きて、会社への出勤に遅れないようにしたまえ。では、乃公は失敬するよ……」といって友人は私の監房を出ていった。
 そうだ、そうだ。私はやっぱり夢を見ているのだ。死刑台なんか……なんでもないぞ!



底本:「海野十三全集 第4巻 十八時の音楽浴」三一書房
   1989(平成元)年7月15日第1版第1刷発行
初出:「ぷろふいる」
   1935(昭和10)年4月
入力:tatsuki
校正:まや
2005年3月15日作成
青空文庫作成ファイル:
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