ているのだろうか。それならそれでいい。よおし、こっちもそのつもりで居てやろう。
 乃公は震《ふる》える足を踏みしめて、椅子から立ち上った。そして二人の方を見ないようにして、静かに奥の、大鏡の方へ歩いていった。
 乃公はいつの間にか、鏡の真際に寄って立っていた。鏡をとおして二人の男女の様子を見ると、彼等は身体と身体を抱きあわんばかりにして、もつれ合っていた。女の方が挑もうという姿勢をする。と、若い男の方が、僅かに逡巡《しゅんじゅん》の色を見せるという風だった。乃公の血は、足の方から頭へ向けて逆流した。
 鏡を見ると、自分の顔は物凄《ものすご》いまでに表情がかわっていた。肩のあたりがわなわなと慄えているのが見えた。乃公が鏡の中から監視しているとも識らず、乃公の背後で不貞な奴等は醜行を演じかかっているのだ。乃公はすこし慌ててきた。声を出そうと思ったが咽喉がからからに乾いて声が出てこない。気を落付けなくてはいけない――
 乃公は煙草の力を借りようと思ったので、ポケットに手を入れて、そっとシガレット・ケースを引張りだした。そして蓋《ふた》をあけようと思ったが、どうしたのか明かない。乃公はそれを身
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