しくまず丸顔だ。夢で見るあの勇ましい顔とは全然違っている。
「これは現実の顔ですよ」
 と乃公は答えちまった。すると予審判事は、それ見ろというような顔をして云った。
「それは可笑しいじゃないか。お前はいま夢の中に居るのだと先刻から云っているじゃないか。それが現実の顔だとは、こいつは可笑しい。そうだろう。いいかい、よく考えて、よく覚えていなくちゃ駄目だよ。お前が有ると信じている夢の国なんて、始めからありはしないのだ。空間は常に一つだ。だのにお前は空間が二つもあって、別な顔をしているようにいうが、畢竟《ひっきょう》同一の顔なのだ。いいかね。お前の精神状態がひどくなると、すっかり人間が違ってしまう。そして頭の手入れもしないし、髭も生え放題に放って置くのだ。お前は半裸体で、むやみと野外を駆けまわり、しまいには山の中へ隠れてしまうことさえあるのだ。そこでお前は陽にやけて、すっかり顔や形が違ってしまう。ではいま、お前の見ている前で顔にすこし手を入れてみよう。まず櫛《くし》のよく入っている頭髪を、このようにぐしゃぐしゃに掻き乱して、毛をおっ立ててしまう。それから、ここにある長いつけ髭をこういう具合に
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